15-1. 月夜①
2話、閑話的にラブコメシーンが入ります。
本筋とはあまり関係ないので、興味なければ次話の終盤まで飛ばしてお読みください。
青白い月の光に包まれるような、冷たくて寂しくてどこか優しくて懐かしい…… そんな夢を見た気がして目をさますと、枕元に、見慣れない懐中時計が置かれていた。
(ザクス兄様……?)
金の蓋を開けると、ラピスラズリの文字盤が目に飛び込んだ。アクセントに、小さなオパールが埋められている。
メッセージなど、添えられていなくても、わかった。
ルイーゼは、時計を握りしめて外に駆け出した。
―――― 月も星もない闇に降りしきる雨を、雷光だけが時折、するどく照らす。
こんな夜は、彼が外を散歩しているのだ。
「兄様…… ザクス兄様!」
【…… え? ルイーゼ? なんで外に出てるの? 危ないじゃないか!】
大声で呼ぶと、ぼうっと遠くのほうを漂っていた暗紫色の光が、高速でルイーゼの隣に飛んできた。ザクスベルトだ。
「お礼を申し上げに、参りましたの。この懐中時計…… 誕生日の、お祝いをくださったのでしょう?」
【…… ああ】
気まずそうな顔をする、悪霊。
ルイーゼの誕生日プレゼントとして用意していたものの、形あるものを渡すのは、どうにも気がひけて、迷っていたのだ。
最終的には 『パトラからのサプライズ』 とでも思ってくれないかな、との期待を込めて、彼女の枕元に置いておくことにしたのだが。
―――― あっさり、バレてしまった。
困ったような嬉しいような、いやそこで嬉しがってはいけないような。だって悪霊だし。
「直接、お渡しくださればよろしかったのに」
【……できなかったんだ。俺は、いずれあの世に逝くから…… その、こんなものを渡して未練を残すのも、どうかと……】
「兄様、それは、今さら、というものでしょう? というか、逆ではございませんこと?」
つい真面目にツッコミを入れてしまう、ルイーゼである。
「未練があるから物を残すのであって、物があるから未練が残るわけではございませんでしょう?」
【言わないで、それ。ツラいから……っ!】
ザクスベルトとしては、そもそも悪霊としてこの世に残り、世間に迷惑かけていること自体が心外である。
(俺ってそんなに未練がましい人間だったっけ!?)
生前は、爽やか熱血キャラで通っていたはずなのに ――――
何度考えても、納得いかないところだ。
いや、そこでアイデンティティーの在り方に悩むこと自体が、生前には有り得なかった。
(つまり今の俺は俺ではなくやはり悪霊な俺であってだがしかし到底受け入れ難くそもそも……)
「ザクス兄様」
思考の袋小路に迷い込むザクスベルトを、ルイーゼが引き止めた。
「少し、おうかがいしても、よろしくて?」
【……なんだ?】
「その、兄様の未練の中に…… す」
ルイーゼはぎゅっと目を閉じた。
―――― 聞けると思ったのに、難しい。
呼吸を整えて、やっと絞り出した声は、情けないほどに小さかった。
「…… 少しでも、わたくしが、入っていますか?」
【…………】
長い沈黙が、ふたりの間に横たわった。
やはり聞くのではなかった、と、後悔するルイーゼ。
(このようなこと聞いてしまって…… それは兄様も、答えづらいでしょうね…… 最近、少し、その…… 思い上がっていました、わたくし……)
生前から、実の兄であるかのように可愛がってもらって、悪霊となって再会した後も、相変わらず優しいからといって、それ=乙女心的なアレ、ではないことなど、わかっているというのに。
(そもそも、わたくしが普通に人に好かれるようなポテンシャルを持っているかというと、そのようなわけでは決してございませんのに……!)
ルイーゼは表向きは公爵令嬢らしく堂々と振る舞えるが、父親からとにかく否定されて育ったがために、中身には劣等感がしみついている。
だから何事にもまず、計算し計略を練らずにはいられないのだ。
―――― ただ、辺境で聖女修行を始めてからは、日々忙しすぎて、その自覚と慎みを忘れてしまっていたところはあった。
(だって足を揉んでくださろうとなさったり、お料理まで…… って、よく考えましたら、パトラと同じなだけですのに、なにを舞い上がっていたのでしょうか、わたくし……!)
もうけっこうでございます、ウッカリ変なことをお聞きして、申し訳なく存じます。
ルイーゼがそう言いそうになった一瞬先に、ザクスベルトが口を開いた。
【………… そうだったんだな……】




