14-2. エルヴィラからの手紙②
「あなた、分かってる? あたしの婚約者って、暇じゃないのよ? 紹介状2、3通ならともかく、できるだけ多くだなんて、無理に決まってるでしょ。身の程を知りなさい!」
「では、3通だけでも……」
「リュクス様に相談してみるわ」
透き通るかと勘違いするほど白い地に極彩色で花模様が描かれた茶壺を商人から受け取り、エルヴィラはつっけんどんに返事した。
その夜 ――――
離宮を訪れたリュクス王太子に茶壺を見せ、商人の話をしたエルヴィラに、リュクスは何気なく、こう言ったのだった。
「お茶ならリーリエ様もお好きだな。
魔族は聖女には近づけないから、アッディーラのお茶を配る商人のことをリーリエ様が知れば、少しばかり羨ましがられるかもしれない」
※※※※
『…… もし、魔族の高価なお茶が手に入れば、聖女とコネを持ちたい貴族たちが、こぞって献上したりとか…… ありそうじゃない?
言いたくないけど、アッディーラが聖女に何か仕掛けることは、あると思う。あいつらはバカみたいに大陸を取り戻すことしか考えてないから。
あの茶ツボだけでも、アッディーラでは贅沢なものだったし…… 聖女への贈り物にはじゅうぶんだよね? ……』
つまりは、この商人はわざと聖女の手にお茶が数多く渡るように画策しているのではないか ――
ルイーゼに宛てた手紙の中でエルヴィラはそう、疑っていた。
『もしかしたら、お茶に、何か良くないものが含まれているのかもしれない。
アッディーラからの品物は、確か国境で全て検査されているのよね?
けど、もしかしたら、別に持ち込んだ毒を後で入れたりしてるのかも……』
ルイーゼは考えた。
―――― お茶に、何らかの呪いがかけられている可能性は、低い。
エルヴィラの言うとおり、アッディーラからの商品は全て国境で検査されているからだ。
毒は、有り得ないことではないが、どこから持ち込んだのだろう?
アッディーラからカシュティールに入れるのは、カシュティールにとって安全なものだけだ。
武器も毒も、もし持っていたら取り上げられるはず。
―――― とすると、カシュティール国内で何らかの毒を調達したのだろうか。
ベラドンナやジギタリスなら、カシュティールの山野に自生しているはずだが、それを摘み、茶に混ぜるとなると、地元民の協力が必須になる。
―――― カシュティールの民が、アッディーラの商人に毒を渡す、あるいは、毒草の自生場所を教えるなど ――――
(まあ…… 絶対にしないとは、言い切れませんよね)
ユィターで聖女候補として働き出してから、しばしば見るようになったことのひとつ。
―――― 人は事情次第で善にも悪にもなるし、それが善か悪かなど、いちいち考えない人も多いのだ。
貧しい者が少々の報酬で毒草を渡すこともあれば、人の好い素直な者が気軽にその場所を教えることもあるだろう。
「毒の可能性は、ないとは言い切れませんね、ザクス兄様」
【毒か…… 匙加減が難しいところだな】
ザクスベルトの言いたいことは、わかる。
―――― 聖女の口に入る物は、誰からの贈り物であれ、1度は中身を検証されているはずだ。
前の人生での聖女の病気の原因が、カシュティール貴族の手から渡ったアッディーラ産のお茶だとしても、その全てから毒物が発見されなかったとは考えづらい。
「よほど毒の扱いに長けた者が、かかわっているのでしょうか。それとも、何かほかの原因……」
とすると、今の段階では再び、お手上げだ。
【ま、取りあえずはユィター神殿の薬剤部に分析を頼むのがいいだろう】
「ええ。明日、持ってまいります…… それから、兄様ごめんなさい、こちらのエルヴィラ様へのお返事、お願いしてもよろしくて?」
【お安いご用】
「ありがとう存じます」
おそらく返事は 『別に、あなたのためじゃないし』 といったものだろう、などと考えつつエルヴィラ宛にしたためたお礼の手紙をザクスベルトに託し、ルイーゼは寝台に潜り込んだ。
―――― 誕生日なんて忘れるほど、よく働いているのだ。
それだけに、思いがけないお祝いは嬉しかったが…… それでも、疲れには勝てない。
明日の朝は暗いうちに起きて、ユィター神殿の薬剤部に向かわねば ――――
そう考えるよりも早く、ルイーゼは眠りの中に落ちていた。




