14-1. エルヴィラからの手紙①
数日前、王家の離宮 ――――
エルヴィラは、リュクス王太子の婚約宣言以降、アッディーラに1度も帰国することなく、カシュティール王家の離宮に滞在し続けていた。
冷遇されてきた皇女には、祖国よりも婚約者の国のほうが居心地が良く、また、カシュティール側としてもエルヴィラを国に返すことで何らかの画策をする隙を与えるより、手元で管理した方が都合が良かったからである。
『妃教育』
これが両者にとって、都合の良い名目となっていた。
アッディーラ側からしても、これは願ってもない状況…… もともと、いずれはエルヴィラをカシュティール王家に嫁がせて巧妙に権力を握らせ、内部からカシュティールを崩す計画をしていたのだ。
それが早まるのは、困るどころか大歓迎なのである。
そして、ルイーゼが以前から読んでいたとおり、エルヴィラが王家の離宮にいることでアッディーラを出入りする商人や使者は増え、その大半がエルヴィラを訪れた。
―――― カシュティールの結界を通れる彼らは、魔族とはいえ魔力のない者ばかり…… かといって、カシュティールが油断しているわけではない。
アッディーラから入ってくる積み荷は全て、国境にて厳重な検査を受けることになっているのだ。
そうである以上、アッディーラからの輸入品は、安全の確認されたものばかり。
それらの品々は、物珍しさも手伝って、魔族に対しては常に警戒しているカシュティールの民にとっても、しばしば、高価で希少な贈り物となっている。
―――― その日、アッディーラからきた商人がエルヴィラに贈ったのも、そのような品の1つだった。
薬草茶だ。
ベースは特産のアッディーラ・ベリー、それにカシュティールでも採れるメリッサ、ラベンダー、ミント、ダムウッドをブレンドし、バランスの良い甘さとほろ苦さとスッキリ爽やかな後味が特徴 ……
ただの商品だったら、エルヴィラもさほど変に思わなかったかもしれない。
しかし、商人は 「これを、カシュティールの貴族のなるべく多くに、お近づきの印として贈りたいので……」 と、リュクス王太子からの紹介状を欲しがった。
「これからは、カシュティールでも手広く商売をしていきたいのです。われわれ魔力無しには、アッディーラは生きにくい。
カシュティールでの商売が成功したなら、こちらに拠点を移すことも考えておりますし、そうすれば皇女様にもより、便宜を図れるかと」
怪しい、とエルヴィラは思った。
アッディーラの品をカシュティール貴族に売り込もうとしているにしては、彼のいでたちは、地味だ。
―――― 普通の人間の行商人のような、飾り気のないマントにチュニック。
マントは、アッディーラにしかない夢喰繭の美しい糸ではなくてカシュティール産の重い毛織物だし、魔虹貝のボタンもついていない。
唯一の例外は、首にかけた呪符だが…… はまっているのは、やはり地味な黒い石。大した効果はなさそうだ。
それに、いくら口達者な商人といえど、余計なことを喋りすぎである。
もちろん、リュクス王太子からの紹介状をもらうために、エルヴィラの関心を買おうという計算もあるのだろう。
だが…… コネがあれば商売に有利な大貴族のみならず、ほかの貴族にまで、できるだけ多く、高価なお茶を配る理由は?
―――― どう考えても、なにか、ウラがありそうだ。