13-3. 辺境③
「ザクス兄様がお料理…… 早めの初雪でも、降るのでしょうか」
カシュティールでは、王族・貴族は基本、料理をしない。明確に使用人の仕事なのだ。
ルイーゼ自身も、こちらにきて否応なしによく働くようにはなったものの、包丁は握ったことがなかった。
もっとも、全員がそうというわけではなく、たとえば、本来は料理する立場にはない、子爵家出身の侍女であるパトラも、辺境に来てからは当然のように、手伝いの巫女と共にキッチンに立っている。
だから、ザクスベルトが料理をしても別におかしくはないはずだが……
「想像しても違和感しかありません……」
首をかしげるルイーゼに、「実際に見るとなかなかサマになってますよ」 と、笑うパトラ。
「実はザクスベルト様は最近、料理に興味を持たれていて、私がお教えしていたんです。今日はお嬢様のお誕生日なので、作って差し上げたいと言い出されて……」
【情けないほどに、ほかにすることが無いからな。せめて、といったところだ】
神殿の建物の中にいてこそ、悪霊の影響は外に現れないので、ザクスベルトは普段、外出を制限しているのだ。
例外は王都にいるエルヴィラや聖女リーリエ、それにツヴェック家当主との連絡係をする時だけ ―― もちろんその都度、天気は急な荒れ模様だったり、小さな地震が起こったりしているわけだが。
「ごめんなさいね。わたくしが早く、もっと強くなって、兄様の悪霊の力を完全に抑えられると良いのですけれど……」
【いや、それは勝手に悪霊になった俺の責任。それよりほら、早く。美味そうだろ?】
テーブルの上に並ぶのは、ザクスベルトとパトラの、心づくしの料理 ――――
「シチューと生ハムのサラダは私です。ほら、お嬢様のお好きなイチジクも入ってますでしょう? それからパンは先ほど、ゴットローブ様が焼きたてを届けてくださいましたよ。プレゼントと一緒に」
「叔父様がご自分で? 食べて行かれれば、ようございましたのに」
「お忙しいそうです。ルイーゼ様に会えなくて残念がっておられましたよ。私からしたら、お嬢様をそれだけ働かせてる張本人が何おっしゃってるの、という感じですけどね。
それから、鴨の黒胡椒焼きはザクスベルト様。ね、お上手でしょう?」
「ええ。美味しそうです」
【黒胡椒はメアベルクの坊やから輸入品のお裾分け、ソースに使ったハチミツは、ヴォルツ領から届いた特上品だ】
「モテモテですね、お嬢様」
「ありがたいこと…… あら。これ、本当に美味しいです」
「ちょっと、お嬢様……!?」
立ったままで薄切りの鴨をつまみ、ルイーゼはいたずらっぽく笑った。
たまにお行儀悪いことをしてパトラを驚かせるのが、最近のささやかな楽しみなのだ。
「ザクス兄様、おさすがですこと」
【そうだろう、そうだろう】
「ダメですよ、きちんとお座りくださいな、お嬢様」
パトラにザクスベルトと、3人だけの祝いの宴は、ルイーゼにとって、公爵家に居た頃に政治の一環として毎年開かれていたバースデーパーティーよりも、賑やかで楽しいものだった。
食事が終わり、ルイーゼとパトラはプレゼントを開け始めた。
メアベルク領シェーン家の当主からは、真珠の耳飾り。
ルイーゼの叔父、ツヴェック家のゴートフリートからは深い色合いの紅玉を繊細な金の細工で飾ったブローチ。
従兄のファドマールからは、火の神殿の竈で鍛えられた短剣。
これはいざという時に役立つよう、神力でルイーゼの首にかけた火の神殿の護符と同化させておいた。
今後は護符であるだけでなく、神力を注ぐことによって聖剣としても使えるようになる。
「ザクスベルト様、食事の片付けは私がしますから」
【いいよ。もう俺、王太子じゃなくてタダの悪霊だし。悪霊は働いても疲れないからね】
「お嬢様のお誕生日にイタい自虐ネタは禁止ですよ?」
【それは、すまない】
ふたりのやりとりにクスクス笑いながら、ルイーゼは母からのプレゼントを開けた。
布と同じ色の糸で細かく刺繍がほどこされたストールは、これからの季節に重用しそうだ。
それから…… エルヴィラからの小さな包み。ほどくと、華やかな花模様の茶壺が1つ、出てきた。
「これは…… わたくしにとっては、今、もっとも欲しいものでございます」
ルイーゼは、添えられていた手紙を、すごい速さで後片付けを終えたザクスベルトに見せた。
「もしかしたら、これが母の病気の原因となるものかもしれません」
【…… なるほど。エルヴィラ姫の勘の良さには驚くな】
「ええ。知識はなくても、生きていくための賢さはあるのでしょうね、きっと。…… あの子には、感謝しなければ」
―――― エルヴィラからの知らせによれば、茶壺の中身は、アッディーラの特産品であるらしい。
それがルイーゼの母、聖女リーリエの手元に、そうと知らされず渡った可能性があるという。