13-2. 辺境②
聖女候補は神殿やその出張所で神官と同様に働く。
その仕事は、点在する小さな畑のいちいちにクマ・猪除けの結界を張る、家々の暖炉の火が燃え続けるように祈祷する、出産に協力してついでに赤ちゃんの名付け親まで頼まれる……等々、 『何でも屋』 と呼べる程に多岐に渡っていた。
ルイーゼはどちらかといえば治癒のほうに適性があったようだが、これまで閉鎖されていた山間の小さな出張所にひとり派遣された身としては、仕事の選り好みはしていられない。
己の足腰に神力を注いでは強化し、領内を1日中ガチで駆け回ってはアレコレと要望をこなしているうちに、聖女の条件とされる対魔族用の結界を張れるほどの神力を使えるようになった。
「やはりウチの血筋だな。潜在能力は十分にあったんだろう」
ほめてくれる叔父のゴットローブは、自分のブラックな仕事の振り方が潜在能力を過度に引き出したのだとは気づいていない。
さすがは、元・鬼の聖騎士団長。すごい無自覚鬼畜っぷりだ。
「もう…… 動けません。パトラ、すみませんが、ふくらはぎを少し、もんでくださいな」
【なら俺が】
「ええいっ、どきなさい! 悪霊なんかにお嬢様のおみ足を触らせはしません!」
そんなザクスベルトとパトラの会話を聞きながら眠ってしまうのが日課になるほど、ルイーゼは毎日、働き詰めになっていた。
だが、この日の夕方は ――――
「お嬢様、起きてください!」
ルイーゼが目を開けると、パトラの笑顔が飛び込んできた。
「ルイーゼ様、16歳の誕生日、おめでとうございます!」
「え? あら? いつの間に…… ありがとう、パトラ」
「毎日、あり得ないほど働いておられますからね。けど、今日は、少しはマシでしょう?
お誕生日なので、ゴットローブ様がなるべく仕事を頼まないように、方々にお伝えしていたはずなんですよ」
「ああ、それで…… なんとなく遠慮がちだったり、物をくださる方が多かったのですね」
「こちらにも、作物のおすそわけをくださる方が、たびたびいらっしゃいました。皆、お嬢様に感謝してるんですよ」
ルイーゼはほほえんだ。温かいものが、優しく胸を浸していく。
―――― 辺境の民たちには、よほど裕福な家庭でない限り、誕生日を祝う風習はない。
そして田舎の人は素朴で優しいとか、そういったことが田舎に憧れる都会人の幻想だったとしっかりわかる程度には、噂話好きで口さがない人も、ルイーゼと同程度には根性が良くない人も、大勢いる。
―――― それでも彼らは、聖女候補の誕生日と聞けば、できる範囲で祝おうとしてくれるのだ。
「わたくし、聖女になるのは、わたくし自身のためとばかり考えておりましたけど…… 最近は、それだけではないように思います」
1度目の人生で、ルイーゼが処刑された頃には、ここ辺境の地も、かなりな被害を受けていたはずだ。
魔族の侵攻により、作物が焼かれ、備蓄分の食糧も底をつきかけ、人は魔法による攻撃だけでなく、飢えでも死んだ。
―――― その全てを、当時のルイーゼは単なる数字上の被害として、とらえていた。
数字のために婚約破棄され、数字のために処刑されるルイーゼが、この世で一番惨めなはずだった。
けれど、本当は、違う。
その数字の裏には、特に素晴らしくもなく、ことさらに邪悪でもない、何千人もの人々の、それぞれの苦しみ悲しみがあったのだ。
―――― そのために婚約破棄され、そのために処刑されたのだとしたら、1度目の人生も、ただただ無意味というわけでは、なかったのかもしれない。
「今度は生きて、この方たちを守れるのだとしましたら…… わたくし自身のためだけというより、そちらのほうが嬉しいように思います」
「それはそうですよ」
パトラがサイドテーブルに、お茶のカップを置いた。清々しいミントの香りが、鼻をくすぐる。
「今日は、ザクスベルト様がお料理をしてくださったんですよ。もう少し休んだら、いただきましょう」
「ザクス兄様が?」
ルイーゼは驚いて、飛び起きた。