13-1. 辺境①
3ヵ月が目まぐるしく過ぎていった。
思い起こせば、長い山道を抜けた末、辺境メアベルクで初めての海を見るまでが、ルイーゼにとって最後の休暇といえたかもしれない。
旅は同行している悪霊のおかげで悪天候と地揺れにはしばしば遭ったものの、街道も、長い山道でも賊などに襲われることはなかった。
「近寄っちゃいけないオーラが出てるんじゃないですか、この馬車」 とは、旅の途中からなんと、件の悪霊がぼんやりと視えるようになり、言葉まで交わせるようになってしまった侍女パトラの言である。
パトラにはアインシュタット公爵家の中ではただひとり、ルイーゼが実は生きていることを知らせていたのだが、すると公爵家をあっさりと退職してルイーゼについてきてくれたのだ。
「箱入りのお嬢様を広い世間に放り出して見なかったことにするなんて、とてもできません!」
という理由で。
「わたくし、それほど頼りないのでしょうか……」
「性格はともかく、生活面では無理ですよ、絶対!」
不甲斐ない気もするルイーゼだったが、パトラとザクスベルトのおかげで旅は賑やかだった。
残念だったことといえば、途中、月見の名所に差し掛かった時でさえ、悪霊の影響でちょっとした嵐になったことか。
―――― 月を観るどころか、宿では早々に厳重に戸締まりし、外出しないように注意されてしまった。
ついでに小さい地揺れも起こり、馬が一晩中怯えていたせいで、翌日の旅は散々だった。
その後、メアベルクでシェーン家の若干12歳の当主から大歓迎を受け、しばらく逗留しているうちにプロポーズまで受けてしまった。
「聖女を継ぐまででいいから、ボクと結婚してください!」
戸籍上は養女になっているはずなのに、姉上姉上とやたら懐いてくるのを、ルイーゼも弟のような気持ちで可愛がっていた結果である。
いかにも純粋な求婚に、微笑ましい気持ちにはなったものの受けるわけにもいかず、ふわふわした茶色の髪の毛を撫でてあげながら 「10年後にまだお気持ちが変わらなければ、もう一度求婚してくださいませね」 と約束した。
逃げ口上はパトラの入れ知恵だ ―― いわく、「思春期入り口の少年の求婚など、風邪みたいなものですから! 10年も経てば絶対に忘れてます!」 ということだそうで。
プロポーズの翌日には、メアベルクから辺境ユィターへと再び旅立ち、途中に挨拶を兼ねてヴォルツ領に立ち寄った後、ツヴェック家の本拠地、ユィター神殿に到着。
ようやっと本腰入れて聖女修行…… と思いきや。
「もう神力はある程度、使えるそうだね。じゃ、後は実践あるのみだよね」
聖女リーリエの弟にしてルイーゼの叔父、もと聖騎士団長にして現ツヴェック家当主ゴットローブのその一言で、いきなりの実戦投入が決定した。
―――― ヴォルツ領のエルツ家、メアベルクのシェーン家、そしてユィター領のツヴェック家。
歴代、聖女を輩出してきた辺境伯3家だが、近年はどの家からも聖女候補となる女性が現れなかった。
もともと神力のカケラもなかったルイーゼが、霊が視えるようになっただけで次代の聖女候補となれた由縁である。
―――― つまりは、今現在の神殿はどこも、人材不足、半端ないのだ。
「大丈夫、大丈夫。滝行や山修行や竜に喰われてみたりするより全然キツくないし、効率的だし、やり甲斐もあるから!」
ゴットローブが軽い調子で受け合ってくれたとおり、ユィター到着からわずか2ヵ月強でのルイーゼの上達ぶりは、凄まじいものだった。




