1-2. 再会②
生前には見せたことのない驚きに満ちた表情のまま、ザクスベルトはルイーゼに問うた。
【俺は死人だ。一般の人間には、視えない。君も、さっきまで視えていなかったはずだ…… どうして急に視えるようになるんだ?】
「わたくしが死んだからでございます、兄様。お迎えに、きてくださったのでしょう?」
【何を言ってるんだ? 君は、生きているだろう?】
今度は、ルイーゼが驚く番だった。
―――― 生きている?
それは、本当だろうか。
心臓の上に手を当ててみる…… とくんとくん、と規則正しく脈打っていた。
胸元のブローチを外し、手の甲に突き立ててみる…… 痛みと共に、赤い血がぷつっと盛り上がった。
【こら、何をしているんだ、ルイーゼ。危ないだろう】
「…… わたくし、生きておりますね」
何がどうしてこうなったのか、訳が分からぬままに、ルイーゼの目から涙がこぼれた。
―――― 生きているのだ、まだ。
さきほど、味わっていたはずの苦しみを思い出す。
あの苦しみの前には、全ての感覚は生ぬるい。
もういっそ殺してくれ、と願ってしまうような、ただただ強烈な、いつまで続くともわからない数分。
あのとき、ルイーゼは人生で初めて怒り、後悔し、呪った。
自分を利用し、使い捨てにし、処刑に追いやった者たちを。
その者たちがしばしば賞賛していた、上品さや優雅さ、忠誠心といったものを。
―――― 彼らがそれを賞賛するのは、利用できるからなのだ。
その価値観でがんじがらめにされた、人形のような令嬢が。
そうしたことに気づかず、彼らの意のままに意志を持たぬ人形に成り下がっていた自分自身をも、呪わずにはいられなかった。
―――― もしやり直せるのならば、もう2度と、周囲の言いなりになど、ならない。
周囲に便利な存在に成り下がって賞賛されるなど、何の意味もないことだったのだから。
今度、生きられるのならば、誰の駒にもならない。
生きながらにして、己の人生を捨てたりしない。
己の主人は、己だけだ。
己の価値を決めるのも、己だけだ ――――
いくら強く願っても、仕方のないことのはずだった。
あの苦しみの後に来るのは、慈悲の仮面をつけた死でしかなかったはずだ。
…… けれども、今、こうして生きている。
(理由はわからないけれど…… ならば、これからは、精一杯生きてみましょう。あのような死にざまは、2度と迎えたくありません)
きれいでなくても、賞賛されなくても、かまわない。
精一杯 ―― どのような手を使って、何を利用しても、自分自身の人生を、掴みとるのだ。
「まずは…… 兄さま、今はいつなのでしょう?」
ルイーゼが尋ねたとき、侍女が呼ぶのが、遠くから聞こえた。
「お嬢様! ルイーゼ様!」
ハキハキとしたメゾソプラノは、ルイーゼ付きの侍女であるパトラ ―― ルイーゼが投獄された後も、面会にきてくれた、ただひとりの人だ。
「お嬢様、そろそろ、お戻りにならなければ……」
「ザクス兄さまも!」
ルイーゼはとっさに、ザクスベルトの腕を掴んだ。
体温の全く感じられない、空気の塊のような感触。
「ザクス兄様も、一緒においでくださいませ。お願い……!」
【…… うーん…… ま、アインシュタット公爵家なら大丈夫かな】
元王太子はしばらく迷っていたが、やがて、首を縦に振った。
―――― アインシュタット公爵家なら 『何が』 大丈夫なのか。ルイーゼがそれを知るのは、もう少し後のことになる。
2021/07/25 誤字訂正しました!報告下さった方、どうもありがとうございます!