10-3. 婚約宣言③
突然、崩れ落ちるように床に倒れた公爵令嬢。呼び掛けても、ぴくりとも動かない ――――
舞踏会の会場は、再び騒然となった。
その中で、いち早く行動したのは、なんとリュクス王太子である。
ぐったりと意識を失ったルイーゼにさっと駆け寄って抱きかかえると、キリリと指示を出した。
「宮廷医を! 彼女は僕が運ぶ!」
先ほど求婚も根回しも素通りしていきなり婚約宣言をしたウッカリさんには、とても見えない。
リュクスは、その容姿・地位とあいまって、いざという時にはハッタリが利くタイプなのだ。
貴賓室の1室が慌ただしく公爵令嬢のために整えられ、宮廷医が呼ばれて小1時間 ――――
もはやダンスを楽しむ雰囲気でもなく、さりとて帰るのも帰りにくい……
手持ち無沙汰に閉会を待っていた人々に、一報がもたらされた。
「手当ての甲斐なく、アインシュタット公爵令嬢、アンナ・マリア・ルイーゼ様は、先程息をひきとられました……」
―――― 突然の訃報に驚く人々のざわめきは、ダンスホールから程近い貴賓室にも聞こえてきていた。
「ルイーゼ…… これで良かったのか……?」
話し掛けても、血の気を失っていっそう陶器のようになった肌を彩る朱唇から、年の割にはしっとりと落ち着いた声が応えることは、ない ――――
「ルイーゼ……」
「リュクス様」
うつむくリュクスの胸に、そっと寄り添うのはエルヴィラの小柄な身体だ。
「わたしがついてるわ。あまり落ち込まないで……!」
「そうだね、エルヴィラ…… だが、ルイーゼは僕の唯一の幼馴染みで…… こんなことになるとは…… 悔やまれて、ならない……」
震えるリュクスの声に、エルヴィラは内心で首をかしげた。
(リュクス様…… 今回は、ルイーゼよりも、わたしを好きになってくれたはずなのに、どうして、こんなに悲しがるの?
どうして、わたしじゃなくて、死んだ女ばかり見てるの?
せっかく今回は、前と同じ失敗をしないよう、蜘蛛糸で操るんじゃなくてきっちり首を絞めてやったし、糸もちゃんと回収したのに……!)
魔力がなくても、エルヴィラは魔族。人間とは思考も習慣も、少し違う。
―――― 確かにルイーゼには、色々と世話してはもらったが、それを 『恩』 や 『借り』 だと思うのは、あくまで人間である。
エルヴィラにとっては、今後も邪魔になる可能性の高い女を排除するのは、確定事項だったのだ。
「リュクス様…… そんなに悲しまないで。リュクス様が悲しいと、わたしも悲しいわ」
「ああ、そうだね…… すまない、エルヴィラ」
それでも、リュクスの目は今にも泣き出してしまいそうなままだった。
(もしかして…… リュクス様は、まだ、わたしより、あの女の方が好きなの? だから、そんなに悲しむの? ……本当に邪魔な女!)
けれども、前の人生とは違う、とエルヴィラは自分に言い聞かせた。
―――― 今度こそは、リュクスに殺されたりせず、幸せになるのだ。だって、リュクスは自ら、ルイーゼよりもエルヴィラを選んだのだから。
(あの女のことなんて、すぐに忘れさせてやるわ……!)
エルヴィラはリュクスの腕の中でうつむいたまま、赤い瞳をギラギラと光らせたのだった。
その夜も更けた頃 ――――
何者かが、エルヴィラの部屋の扉をノックした。
「誰?」
「エルヴィラ様、わたくしでございます」
しっとりとした上品な声に、優しく柔らかな物言い。
―――― 数時間前に亡くなったはずの公爵令嬢、アンナ・マリア・ルイーゼだ……