10-2. 婚約宣言②
「―――― 私ことカシュティール王太子リュクスは、ここに、ライサ・エルヴィラ・デ・アッディーラとの婚約を発表する!」
舞踏会の終盤 ――――
王宮のホールに、リュクス王太子の凛とした声が響き渡った。
「…………!」
つい、額を押さえてよろめいてしまう、ルイーゼ。
―――― 先ほど授けた方策が、緊張のあまり忘れられてしまっているらしい。ある意味、ショックだ。
(先にエルヴィラ様にこっそり求婚して、国王様や公爵にも一言お話を通してから婚約発表、と申し上げましたのに……!)
物語の中にありがちな 『貧乏平民娘との真実の愛』 的設定とは違い、幸いにもエルヴィラは隣国皇女なのだ。きちんと手順さえ踏めば、婚約を結ぶのは難しいことではない。
(なのに、全て飛ばして、真っ先に宣言だけなさいますとは…… 普段から血の流れが滞りがちなようではありましたが、完全にご病気でしょうか……
※ 意訳:もともとバカとは思っていましたが、本当に頭、大丈夫?)
ああもう、本気で眩暈がする。
―――― これではまるで、王太子に婚約破棄を宣言された瞬間の、物語の悪役令嬢ではないか。
(うろたえないで、わたくし。みっともなくてよ)
ルイーゼはかろうじて体勢を立て直すと、そっと、リュクス王太子とその周辺の面々を観察した。
リュクス王太子は、口をキッと結び、緊張しきった顔をしている。
そして国王は、あまりの不意打ちに驚きを隠せず、ルイーゼの父・アインシュタット公爵に至っては、顔色が青ざめ口の端がピクピク震えている始末だ。
平静なのは黒に近い濃紺のドレス姿の王妃だけ…… 彼女にとっては、リュクス王太子が誰と結婚しようとさして関心は無いのだろう。
さて、求婚ナシでいきなり婚約宣言をされたエルヴィラは ――――
その場に、呆然と立ち尽くしていた。
「リュクス様…… 本当?」
「ああ、もちろん、本当だとも。僕は…… 真の恋に目覚めたんだ、エルヴィラ姫」
「嬉しい……! リュクス様!」
―――― いいのか、それで。
会場の雰囲気は全く意に介さぬ様子で、リュクスにひしっと抱きつくエルヴィラ。
「これから、ずっと一緒ね?」
「もちろん、一緒だとも……!」
おバカなロイヤルカップル誕生の瞬間であった ――――
「おめでとうございます、リュクス様、エルヴィラ様」
皆が状況を把握しかねてざわめく中、すっと彼らの前へ出たのはルイーゼだった。
「素晴らしいカップルの誕生を祝しまして、皆様方、ぜひ拍手を ――――」
ルイーゼにならって、ひとり、ふたりと、手を打ちはじめる。
拍手はやがて、さざなみのように会場中へ広がっていった。
―――― この事態で、最も人々が気にかけていたのは、王太子との婚約内定の噂があったアインシュタット公爵家である。
その当のご令嬢が、王太子とアッディーラ皇女の婚約を、なんら含むところのない笑顔で祝っているのだ。
ほとんどの者が 『婚約内定の話は、単なる噂に過ぎなかったのだな』 と取ることに決めたのは、当然だった。
機転を利かせてのフォロー。
ルイーゼは、自らがふたりを率先して祝ってみせることで、自身と公爵家の名誉を守りながら、リュクス王太子をエルヴィラに押し付けることに成功したのである。
(これで…… やっと、少し安心できるかも、しれません)
後は、母のリーリエが来年かかる病気を調べるのに、どうやってエルヴィラに協力してもらうか、だ ――――
ルイーゼが休みなく頭を働かせていた時、不意に、喉元に焼けつくような痛みがあった。
(…… まさか……)
それが何なのかを確認する前に、ルイーゼの意識は闇に落ちた。