10-1. 婚約宣言①
もともと国王と愛妾の間の子という微妙な立場のため、リュクスは遊び相手もつけられず、大人の中で育った。
そんな彼が子どもの頃知っていた唯一の同年代の女の子が、ルイーゼである。
―――― つまり、リュクスがルイーゼに執着しているのは、恋愛対象になる異性がほかにいなかったから…… と、ルイーゼは読んでいた。
普段のリュクスは、いたって真面目で誠実な性格。
だからこそ、『いったん思い込んだ』 ルイーゼ以外に目もくれず 『真面目で誠実』 に振る舞っていたのだろう。
しかし、その一方で彼には 『流されやすい』 という弱点がある。
そこに悪気は、一欠片もないのだが、行動の結果を考えず、その時の状況と気分に、流されてしまう。
あるいは、やすやすと強い者に従ってしまう。
さて、そこで。
―――― もし、そんな彼の目の前に別の魅力的な女性、しかもあからさまにリュクスに恋している女性をぶら下げたなら?
答えは ――――
『大いに、心乱される』 で、間違いないだろう。
―――― かくしてリュクスは、舞踏会も終盤、早速、ルイーゼに対して頭を下げてきたのだった。
「ルイーゼ、すまない! 貴女への想いを、忘れたわけではないんだ。ただ……」
「エルヴィラ様と、デートのお約束でもされまして?」
「でででデェト……っ などではないんだ、ただ 『また会ってくれる?』 と、あの紅玉のごとき瞳で薔薇のように頬を上気させて言われると、その、子リスを思わせる無邪気で可憐な表情を曇らせたくなくて、それで断りづらくて……」
「まぁ」
リュクス王太子のあまりのチョロさに呆れる、ルイーゼである。
―――― もっとも、そのために、1ヵ月間みっちりとエルヴィラを仕込み磨き立てたのでは、あるが。
それにしても、チョロい。チョロすぎる。
だが、ともかくも。
チャンスは、意外にも早く到来してくれたのだ ――――
ここが、勝負どころである。
ルイーゼは、悲しげに眉を寄せ、扇の陰でうつむいてみせた。
思わず笑ってしまう口元を、隠すためだ。
「では…… わたくしからはもう、お心変わりされたと……」
「そっ、それはだな、ええと、そういうわけではなくて……!」
「いいえ。リュクス様…… わたくしには、わかります」
今度は、きっ、と顔をあげ、都合が悪そうにうろうろとしている青い瞳を、じっと見つめる。かかれ催眠。
「あなた様は、エルヴィラ様に恋していらっしゃいますわ!」
「こ、恋…… だと……」
「さようでございます。わたくしが書物で得た知識によりますれば、 『あの子の悲しい顔は見たくない』 という心はまさしく、恋……!」
「そ、そんな…… これが、恋とは…… 僕は、どうすれば……!?」
国の世継ぎが、こんなに乗せられやすくて大丈夫だろうか。
心配になるルイーゼであるが、対するリュクスはといえば、なにやら物凄い葛藤に身を投じているところらしい。
「ルイーゼ…… 僕は、昔から貴女のことを、とても想っていて…… 貴女が、兄と婚約することを知っていても、諦めきれなかったんだ……」
「はい」
「兄が…… あのようなことになったのは非常に…… 、残念だったが…… 貴女と婚約できるのは嬉しかったし、婚約した以上は一生離したりしないと…… 心に決めていたんだ…… 今もその、はずなんだ……」
めちゃくちゃ狼狽えて、ルイーゼへの愛を切々と訴える、リュクス。
だが、もう遅い。
仕掛けられた罠には、掛かるほうが悪いのだ。
それにたとえ掛かっても、幸せなんだから、いいよね?
「いいえ。リュクス様。そのわたくしへの想いは実は、本物ではなかったのです。
今、リュクス様がエルヴィラ様に感じておられるそのお気持ちこそが、真実の愛 ……!」
「そんな、そんな……」
「リュクス様……」
ルイーゼは、慈母のような眼差しを、悩める王太子に注いだ。
バカな子ほど可愛いとはよく言うが、確かにそういう面もあるかもしれない。
「万物流転と申します。変わらぬものなど、ございません。
詩にも、うたわれております…… 時が経てば、緑なす木もいずれ枯れ、物は塵に返り、人は老い、心は移ろうものでございます」
「許して…… くれると、いうのか」
リュクスが、ついに陥ちた。
「ええ、もちろんでございます、リュクス様……」
許すどころか、大歓迎だ。
「悲しいことではございますが、移り行くものを止める術は、ございませんから……
幸い、わたくしとの婚約はまだ、正式なものではございません。
内定をこのまま秘密裏に取り消し、すぐにエルヴィラ様に婚約申込みをされるのが良いでしょう。
エルヴィラ様が、みなさまの前で申し出を受理されれば、婚約は正式に成立したも同然……」
「し、しかし。こうも急では、国王や公爵にも、アッディーラの魔王にも、申し訳が……」
まだ理性が残っていたのか。
―――― しかし、あと、ひと押しだ。
ルイーゼはひそひそと、リュクスに今後の方策を耳打ちしはじめた。




