9-4. 舞踏会④
空を覆っていた雲は、中央神殿の敷地に入った途端に、消えた。
やはり、王城の嵐は、悪霊の仕業なのだ ――――
「あらあら、ずぶ濡れじゃない。王城へ行っていたのね、ファドマール。
ルイーゼは、デビュタントを楽しんでいたかしら? きっと、とても美しかったでしょうね」
「そんなことより、叔母上…… まさかご存知だったなどと、おっしゃらないでしょうね?」
「なんのことかしら?」
察しよくタオルなど準備させて待っていた聖女を、ファドマールは鋭い目でにらんだ。
ルイーゼの母方は、聖女や聖騎士など神力を持つ者が現れやすい、ユィター領ツヴェック家の出身。
同じ血筋のファドマールも例に漏れず、若くして聖騎士団副長を務める優秀な聖騎士である。
将来は辺境のユィター領を継ぐことになっており 「社交もダンスも苦手」 と滅多に夜会に姿を現さない彼が、王城の舞踏会に来たのは、従妹のデビュタントのエスコート役を頼まれたからであった。
しかしここで、彼はとんでもないものを見てしまった。
―――― その従妹が、亡きザクスベルト王子と親しげに話すばかりか、荒天の城外で嬉しそうにダンスしているところを。
(大変なことになった…… まず間違いなく、ルイーゼには悪霊が憑いている)
舞踏会が終わる前に取り急ぎ、ルイーゼの母親であるリーリエに報告しようと中央神殿にやってきたのだが、この用意の良さは。
聖女がすでに、一部始終を見通していたとしか、ファドマールには思えなかった ――――
「なぜ、ルイーゼに悪霊が憑いているとわかっていながら、放っておいたのですか。しかもアレは、間違いなく強力です」
「ザクスベルト王子よ、知ってるでしょ?」
「誰か判別できる時点で、かなりな大物でしょうが。しかもアレは物を動かせる…… すでに、伝説級ということですよ?」
視える者にとって、この世を彷徨う霊のランク付けは簡単だ。
形のない白っぽいモヤは最低ランク。
そして形や色がハッキリとするほど、より高ランクの危険な悪霊である。
その上さらに物理OKとなれば、もう 『大悪霊』 と呼んでも、差し支えない ――――
「ザクスベルト王子だろうが何だろうが、排除しますよ」
ファドマールは腰の剣に触れた。
軽く触れるだけで、カチャリと音がする ―― 自ら鍔鳴りで所有者に応じる、神の意思と力の宿る聖剣。
魔力や悪意を浄化し、対魔族や対亡霊に大きな効果があるとされている。
「でないと、ルイーゼが危ない。のんきに構えている場合ではありませんよ、叔母上」
「…… 本当にそうかしら?」
聖女は首をかしげて、甥を見つめ、微笑んだ。
何もかも見透すような目が、ファドマールはちょっと苦手だ ――――
※※※※
同じ頃、王宮では ――――
「ルイーゼ、すまない。少し話があるんだ…… どうしたんだい? 濡れているじゃないか。
…… ちょっとそこの君、彼女にタオルを持ってきてくれないかい?」
「ありがとう存じます。けれど、どうかお気になさらないでくださいな、リュクス王太子殿下。少し、外に出てみただけでございます。
―――― それで、お話とは……?」
「うむ、その、なんと言えば良いのか…… とにかく、済まない、ルイーゼ…… 僕は最低の人間だ…… 貴女というひとがいながら、僕は……」
フラフラとルイーゼの前に立ちはだかった、リュクス ―― その思い詰めたような顔に、計略家の公爵令嬢は、内心で高笑いをした。
―――― 勝った、と。