9-2. 舞踏会②
【ルイーゼ…… 一曲くらい、あいつと踊ってやったらどうだ? 兄さんは、君をそんな冷酷な子に育てた覚えはないんだが】
「あら、わたくしは、リュクス様に、ほかの方に目を向ける機会を差し上げただけでしてよ」
横から話しかけるザクスベルトに、扇子で口元を隠し、声をほとんど出さずに答えるルイーゼ。
―――― 正直、リュクスがいかに評判を下げようが知ったことではない。
だって、1度目の人生をしくじったのは、ルイーゼが何も考えずハイハイと周囲に従ってきたせいが7割だとしても、残りの3割はどう考えても、リュクス王太子がハイハイとアッディーラに従ったせいだし。
思いやってあげる必要、ないよね。
「実際に、エルヴィラ様は素晴らしいわ」
ルイーゼはうっとりとエルヴィラを眺めた。
リュクスを見つめて頬を上気させ、軽やかに踊るのは、いかにも庇護欲をそそる可憐な令嬢。
―――― 誰も思わないだろう。
彼女が、たった1ヵ月前には、野良猫のように瞳をギラギラさせていたとは。
「あの赤い髪。毎日、香油をつけてブラッシングさせましたの。流行の髪型も似合っておられますわね?」
【ああ、確かに】
「ダンスも半月ほどで、とても上達なさったのです…… 妖精のようなふんわりしたドレスが、とても素敵でエルヴィラ様らしいです」
【まぁ…… 確かに。だが、彼女は、前の人生では敵以外の何者でもなかったろう?】
「今回の人生では、そうならないようにして、ご覧に入れます……
アッディーラの姫は、もはや敵にはなり得ませんもの」
ルイーゼは胸元の護符に、そっと手を置いた。
―――― ザクスベルトがくれた、火の神力の籠った宝玉が、ルイーゼを勇気づけてくれる。
エルヴィラとて魔族である以上は油断してはならない相手だが、これからのルイーゼの計画に、彼女が必要なのは間違いなかった。
「それに、あの、いったん思い込めば周囲が全く見えなくなるほど一途な王太子殿下のお心を捉える予定の方ですのよ?
(意訳:あのバカを引き取って下さる方ですのよ?)」
【俺としては、弟がちょっと可哀想だ……】
「まぁ」
少しばかり、イラッとするルイーゼである。
―――― ルイーゼがリュクスをエルヴィラに押しつけようとしているのも、リュクスと踊る気には全くなれないのも、いわばリュクスの自業自得。
1度目の人生で、すんなり魔族の言いなりになって、結果的にルイーゼを罠にハメる片棒担いだりするから悪いのだ。
なのになぜ、ザクスベルトはリュクスばかり気にかけるのか。
「…… ザクス兄様は、わたくしのことは、ちっとも可哀想と思ってくださいませんのね」
【ん? どうした? いきなり】
「このデビュタントのドレス……」
ルイーゼは、身に纏ったドレスの裾をつまんでみせた。
光沢のあるベージュに、金糸銀糸で細かく刺繍が施された、エレガントで華やかなデザインだ。
「何も考えずに周囲に従ってばかりいたせいかしら、わたくし、1度目の人生で何を思って何を感じていたか、ほとんど覚えておりませんの。
どの記憶も、事実だけで綴られた、全く面白みのない書物のよう…… けれど、このデビュタントのドレスを着て、ザクス兄様にエスコートしていただくのを楽しみにしていたことだけは、覚えております。
なのに、勝手に内乱の黒幕になどされて処刑だなんて」
あの頃のルイーゼは、公爵令嬢という以外、何の価値もないただの小娘…… いや、ザクスベルトに懐いている小娘だったから、周囲は 『ショックを受けないように』 と非常に気を使って、ザクスベルトの受難を知らせなかった。
ルイーゼが全てを知ったのは、処刑が終わった後だったのだ。
そして、その時から、ルイーゼの人生は、いっそう空虚なものになったのだ。
―――― なにも知らず、なにもできなかった自分も。
―――― なにをしても、生き残ろうとしてくれなかったザクスベルトも。
―――― なにをしても、彼を救ってくれなかった周囲も。
うっかりすると、強烈に憎んでしまいそうだったから。
そして、彼がどこを探しても居ないと実感すれば、全身がばらばらに壊れてしまいそうだったから。
自ら行動をさらに縛り、心には強く蓋をしたのだろうと、今になって思う。
「わたくし、おそらく、ザクス兄様を失うのがとても嫌だったのだと思うのです」
【それは…… 申し訳なかったな】
「そう思われるなら、今ここで、わたくしをエスコートしてくださいませ」
ルイーゼは、ザクスベルトの腕にそっと手を掛けた。冷たく、儚い感触。
「踊りましょう?」




