9-1. 舞踏会①
秋の初めの満月の夜、宮廷では、社交シーズンの最後を彩る盛大な舞踏会が開かれる ――――
窓の外は (悪霊がいるせいで) 急な荒れ模様だが、王城のホールは、和やかな雰囲気に満ちていた。
明るく輝く灯聖石のシャンデリアの天井に、楽団の奏でる華やかな音色がこだまする。その下でくるくると軽やかに踊る、着飾った男女 ――――
15歳であれば、この大舞踏会をデビュタントの舞台とする令嬢も多い。
ルイーゼもその予定だったが、1度目の人生では、従兄の処刑によりデビュタントを見送っている。
そして今回は――――
壁際からほとんど動かず、ダンスの誘いをことごとく断っていた。
「リュクス様と約束しておりますので……」
約束、これは嘘ではない。
しかし、そのニュアンスは周囲の者が思うこと ―― 『さては王太子が、婚約内定者に独占欲をバリバリに発揮してるんだな』 ―― とは、ほんの少し異なっていた。
ルイーゼは事前に、リュクスにこう約束していたのである。
「もし、リュクス様がアッディーラの末姫様をエスコートしてくださるなら、わたくし、ファドマール様以外の男の方とは踊らないでいて差し上げます」
ファドマール・ツヴェック。
ルイーゼの母方の従兄で、ルイーゼとよく似た黒髪に切れ長の黒い瞳の美しい顔立ちをしている。
ツヴェック家の者らしく、若くして聖騎士団の副長をつとめるこの男が、ルイーゼが頼んだエスコート役だった。
聖女と仲の良い王妃からの信頼も厚く、前途洋々に見えるファドマールだが、女性からの評判は実のところ、それほど良くない。
真面目すぎて面白みに欠ける、女性の気持ちに配慮しない、デリカシーにかける…… などなど。
つまり、恋敵などになり得ないような残念くんなのである。
それでも、リュクス王太子は不満だった。
―――― 当然、ルイーゼをエスコートするのは自分だとばかり思っていたところを、あっさりと無視されたからだ。
しかし、ルイーゼの 「わたくしがその気なら、会場中の男性とダンスすることも可能ですのよ。おわかりでしょう?」 という超強気発言に、あえなく引き下がったのである。
そして、舞踏会の会場 ――――
ルイーゼのリュクスへの対応は、あからさまに酷かった。
リュクスが何度ダンスに誘っても、 「あら、どうして? わたくし、ファドマール様以外の男性とは踊りません、とお約束しましたわ? それより、エルヴィラ様を寂しい目にあわせないで差し上げて?」 と、しとやかに目を伏せて優しい口調で断固拒否である。
結果、リュクス王太子はルイーゼとは一曲も踊らず、パートナーを時に変えながらも、しばしばエルヴィラと踊ることになったのだが……
これ、傍目には、王太子がアッディーラの姫君に夢中になって婚約者に内定している令嬢をないがしろにしているようにしか、見えない。
特に、ルイーゼがエルヴィラを気にして、彼女ばかりを目で追っていれば。
「公爵家のお嬢様、今日がデビュタントでしょう? 非公式の婚約者とはいえ、一度も踊らないなんて。本当にお気の毒……」
「ああも殿下が露骨では、賢明な令嬢としては身を引くしかありませんものね」
「まだ15歳で、あれほど美しく慎ましいお方を…… 殿下もお若いとはいえ、少しはお考えになれば良いのに」
―――― ルイーゼとしては、特にリュクスと踊る必要性を感じていない。
それに、エルヴィラとの約束を果たすためにも、リュクスと踊るわけにはいかない。
だが、そのおかげでリュクス王太子へのご婦人方の評価は、下がりまくりである。
見かねて、ついに口を出したのは ――――
リュクスの異母兄でかつ悪霊の、ザクスベルトだった。