8-2. 公爵邸②
目映いばかりに磨き込まれた調度に、柔らかい羽根布団。
光沢のある絹のラグは身に纏える程に軽い最高級品 ――――
もと公爵夫人のものだという部屋のなにもかもが、エルヴィラのコンプレックスを刺激する。
「なによ、あの子ったら! あたしは皇女だけど、もっとずっと、無視されて育ったんだからね! 母親なんか、あたしが生まれたせいで死んだわよ!」
ふかふかの広いベッドにゴロゴロと寝転がり、ひとしきり文句を言うエルヴィラ。
―――― 故国の魔王城では、冷遇されまくっていた。
魔力がないせいで、地下の部屋に閉じこもって過ごすしかなかった。
兄たちのように教師をつけてはもらえず、服も調度もお古のヨレヨレ、食事はメイドが勝手に取り替えて、いつも固いパンとスープだけ。
メイドたちにいじめられても、スライムたちにバカにされても 『お前が悪い』 の一言で済まされた。
物質的・教育的には何不自由なく育った公爵令嬢の不幸話など、鼻で笑ってやれる。
「ふんっ。なにが 『ずっとひとりぼっち』 よ! あたしのほうが、もっと、ずっとひとりぼっちだったわ!」
―――― そう、父親の魔王に 『カシュティールに送り込むのにちょうど良い人材…… おお、そうだ、あの出来損ないがいた』 と、存在を思い出されるまで、エルヴィラは皇女らしい扱いを何一つ受けてこなかったのだ。
この国で最高の身分に生まれただけでほかに何もしていないのに、アッディーラでは見たこともないほど美しく優しい王子にチヤホヤしてもらえる公爵令嬢とは、不幸の経験値が違う。
「これ以上、あたしに向かって不幸自慢なんてしたら、もうホント殺してやるんだから……」
トントン。
エルヴィラの独り言を破ったのは、ドアをノックする音だった。
「入ってもよろしくて?」
上品な声にまた、ムカッとするエルヴィラである。
「…… 勝手に入ったら」
「失礼しますわね」
細く開いたドアから、すべるように部屋に入ってきた艶やかな黒髪の令嬢は、流れるような仕草で淑女の礼を取った。
「改めまして、アインシュタットへようこそ、エルヴィラ様」
「そんな挨拶、要らないわよ。見せつけてるの?」
「ええ。さようでございます」
ルイーゼは軽やかにエルヴィラの隣に腰をおろした。
「約束しましたでしょう? エルヴィラ様を、1ヵ月後の王城の舞踏会でリュクス様と踊れるようにして差し上げます、と……
ですから、まずは基本的な礼儀作法を覚えてくださいませ」
―――― これが、エルヴィラが王妃の離宮から公爵の館に居を移した理由であった。
お茶会でリュクスへの恋の協力をルイーゼから申し出られ、敵愾心と反発を山ほど感じながらも、どうしても断れなかったのである。
―――― 前の人生では、王城の舞踏会で、きらめくような貴婦人連中から 「礼儀がなっていない」 だの 「なにかしら、あの獰猛なタテガミ」 だの 「あのドレス…… アッディーラの流行かしら。ひどいセンスね」 だのと、ヒソヒソと囁かれ蔑みの眼差しを送られ、我慢できずに早々に帰ってしまったのだ。
楽しみにしていたのに、リュクス王子と一曲も踊ることなく……
(もしあの時、一緒に踊れていたら、リュクス王子も少しは、わたしを好きになっていたかもしれない)
きっと裏があるに違いない、と自身に言い聞かせて警戒しても、エルヴィラにとってルイーゼの申し出は魅力的だった。
―――― エルヴィラ様は、ルビーの原石ですわ。磨かれれば、戦神の星のように輝かれると存じます。そうしましたら、きっと、リュクス様も……
言われたことのない評価に、耳に心地よい希望。
でも騙されたりはしない、とエルヴィラは、隣に座る美しい令嬢をそっと盗み見て、もう一度自身に言い聞かせた。
―――― やすやすと利用されたりはしない。
利用してやる、それだけだ。
―――― 利用価値がなくなれば、殺せばいいんだから。
「で、あんたの本当の狙いは、なに?」