7-3. 王妃のお茶会③
「邪魔しないでよ! あたしはリュクス様とお話がしたい、って、最初から言ってるでしょ?」
いや、ルイーゼだって邪魔などしたいわけではない。
「わたくしは、王妃殿下からエルヴィラ様のお話相手を勤めるよう仰せつかっております。エルヴィラ様を放っておくわけには、参りませんの」
「勝手にあなたにばかり話しかけるリュクス様が悪いとでも、言うつもり?」
「あら。よく、おわかりでいらっしゃいますこと、エルヴィラ様」
まさにそのとおりだ、と、ルイーゼは思う。
だがエルヴィラにとってそれは、早々と勝利宣言されたのと同義であった。むかつく。
「聞いてないわよ…… 今度こそ、今度こそリュクス様に、好きになってもらおうと思ったのに…… あんたなんかより、ずっと」
ルイーゼは内心で首をかしげた。
『今度こそ』 とは、以前にもリュクスに会ったことがありそうな言い方だ。初めての訪問ではなかったのか。
(それに、リュクス様ってそれほど良くないですよ? 何しろ、もと婚約者を国のために平気で犠牲にできる方ですよ?)
確かにリュクスは容姿も美しく、何も問題がない時には非常に誠実で優しい…… だが、普通の王子だ。
もしも国や自身の地位のために必要なら、婚約者をも切り捨てることもできる人ではないか。どこがいいの?
(それとも、好みは人それぞれ、ということなのでしょうか…… わたくしはオススメしませんけど)
非常に複雑な気分になったルイーゼではあるが、それはさておき。
これは、チャンスだ。
―――― エルヴィラは、恋愛というものを書物の中でしか知らないルイーゼにもわかるほど明らかに、リュクス王太子に恋をしている。
もしここでルイーゼがエルヴィラに協力して、リュクスとの仲を取り持つことができれば、穏便な婚約解消に向けて、大いに前進できるに違いない。
(加えて、頃合いを見てわたくしが聖女の後継となることを発表すれば…… もはや婚約回避は確実でしょう)
ルイーゼは、素早く計算を続けた。
(エルヴィラ様にも恩を売れますから、味方に取り込みやすくなりますね。
そうすればわたくしは殺されないし、来年にお母様がかかる病気についても、情報を得やすくなるはず…… あら。
一石三鳥以上、ではございませんこと?)
―――― 決まりだ。
ルイーゼは大きく、うなずいた。
「エルヴィラ様のリュクス様への一途な想い…… (どうしてそこまで思い込めるのかはわかりませんが、それだけに) わたくし、感動いたしました」
エルヴィラの赤い瞳をじっと見詰め、にじんでいた涙をハンカチで優しく押さえてあげた。
「エルヴィラ様は、わたくしよりもリュクス様に相応しい方と、存じます。
ぜひ、わたくしにも協力させてくださいませ」
「…… なに企んでるの?」
エルヴィラは一歩、後ずさり、ルイーゼを敵意を込めて睨み付けた。
(なかなか警戒心がお強いのですね…… 野生動物並み、といったところでしょうか)
手懐けるには、もう少しエサが必要のようだ ―――― ルイーゼは、パトラとザクスベルトに頼んで調べてもらったエルヴィラの過去を、ざっと脳裏に浮かべた。
『魔力なし』 として地下に閉じ込められて育った ―――― この辺り、なんだか親近感がわくのだが、いきなりそれをアピールしてもドン引かれそうである。
(もっと、説得力のあるカードはなかったでしょうか…… あ、これならば……)
改めて、目の前の姫をそれとなく観察する、ルイーゼ。
―――― アッディーラの皇女とは名ばかり、というのがすぐわかる。
アチコチに跳ねた、荒れた髪。上に載せられたダイヤのティアラが、いっそ痛々しい。
そもそもが、お茶会にティアラって。
胸元と背中の空きすぎた、グラデーションカラーのイブニングドレスは、エルヴィラの慎ましやかな体型を惨めたらしくしか、していない。
そもそもが、お茶会に (以下略) 。
そして、身体じゅうから発される、色気あふれる麝香のにおいは、あきらかに香水をつけすぎだ。
そもそもが (以下略)。
「協力だなんて言って、あなた 「殿方が女性を評価するのは」
さらにエルヴィラの口から出かかった文句を遮り、ルイーゼはニッコリと微笑んだ。
「顔とボディーとセンスが7割、とわたくしの侍女が申しておりましたの」
「だから、何よ」
「失礼ながら、エルヴィラ様のそのセンスのままでは、秋の大舞踏会でリュクス様と踊るのは難しいかと……」
エルヴィラの身体が、強ばった。
―――― 前の人生で、あの舞踏会は散々だった。
周囲の人々の、陰口と蔑みの目線が痛すぎて、何もせずに早々に帰ってきてしまった記憶がある。
「魔族だから差別してるのね!?」
「魔族でもセンスさえ磨けば、きっと皆に賞賛される淑女になれますわ」
さっと変わったエルヴィラの顔色に、ルイーゼは勝利を確信し、宣言したのだった。
「わたくし (の侍女) でしたら、エルヴィラ様を、リュクス様と踊るのに相応しい淑女にして差し上げられましてよ?」