7-2. 王妃のお茶会②
「ねぇ、ルイーゼ。この花の花言葉、知っているかい?」
「永遠の愛! ね、リュクス様?」
「あら、エルヴィラ様は博識でいらっしゃいますのね」
「この花は僕の心だよ、ルイーゼ……」
「…… とても美味しい、お茶ですこと」
―――― その深淵かつ大変に高尚なお喋りがお好きなお口にも、このお茶は合いそうでございますわ (※意訳 : 黙ってお茶でも飲んでおけば良いのに)
ルイーゼが内心の台詞を口に出さないのは、リュクス王太子に遠慮してのことではない。
むしろ、隣国の皇女をもてなすのがメインなはずのこの場で何をやっているのかと、そのバカっぷりに呆れてさえ、いる。
だが、リュクスをたしなめると、なぜかエルヴィラがより敵意に燃えるらしいことが、ここ10分間程度の会話でわかってきた…… だから、言えない。
―――― 実は、ルイーゼが、前回の人生では呼ばれなかったはずのお茶会に招待されたのは、リュクス王太子が王妃に提案したからだったりする。
正式な婚約をなるべく早めたいリュクスにとっては、ルイーゼと頻繁に会う機会を設けてその都度、甘いことを言いまくり、ザクスベルトより上だと認めてもらうことが、最重要事項なのだ。
(ちなみに彼は、その目標を達成するためには甘々なセリフだけでは難しいことは、あまり意識していなかった。)
一方でエルヴィラは、前回の人生のお茶会では自分に向けられていた会話が、ことごとくルイーゼの方に流れて行くのに、苛立ちをつのらせていた。
ルイーゼがさりげなくフォローに回ろうとするのがまた、見下されているようで腹が立つ。
ルイーゼがリュクスを責めるようなことを口にすれば、親しさを見せつけられてる気がして、より惨めになる。
(どうして、やり直しているはずの今のほうが、1回目のときよりもダメダメなのよ!? …… 全部、この女のせいだわ!)
かくしてここに、 『リュクス王子が喋る ⇒ エルヴィラが怒る ⇒ ルイーゼが困りつつも表面上は穏やかに流す ⇒ エルヴィラがますます怒る ⇒ リュクス王子気づかずに喋る ⇒ …… 』 という負のスパイラルができあがってしまったのである。
ルイーゼにとっては、大変な誤算だった。
(このお茶会で、エルヴィラ様と仲良くなる予定でしたのに……!)
3人で語りあえば語りあうほど、エルヴィラの敵意はずんずんと増していく。
ルイーゼは、焦った。
(なにか、なにか良い方法は、ないでしょうか……? ザクス兄様をお呼びして、雷でも落としていただきますか……?
それをして何になるのでしょう…… などとは、今回の人生では、絶対に申したくは、ありません…… けれども現実的なお話として、いったいそれで何になるのでしょう?
エルヴィラ様が雷を怖がれば、わたくしが庇って差し上げる、とか……?)
だめだ。
諦めようなどとは全く思わないが、しかし。
何をしても悪くとられそうな予感しか、しない。
―――― 助け船を出してくれたのは、意外なことにエルヴィラだった。
「ちょっと、リュクス様。あたし、ルイーゼとふたりだけでお話がしたいの」
「あら、素敵。わたくしもちょうど、エルヴィラ様とお話がしとうございましたの」
もちろんエルヴィラに、助け船のつもりはない。
だが、ルイーゼからすれば、この機会を逃す手はなかった。
「リュクス様、もし差し支えありませんでしたら……」
「わかったよ、なら、僕は席を外そう。ルイーゼ、後でね」
「どうぞ、ごゆっくりしていらして」
リュクスの背を見送ったら、いよいよ戦闘開始である ――――
「少しは、遠慮しなさいよね!」
キッとルイーゼをにらむエルヴィラの赤い瞳は、獰猛な猫科の獣のようにギラついていた。