幕間~魔物姫~①
これから3話、回想シーンが続きます。
不要な方は3話めの中盤まで、飛ばしてください。
公爵令嬢が処刑された日は、エルヴィラにとって人生で最も幸せな日だった。
リュクス王太子との結婚式、である ――――
政略とはいえ、エルヴィラはリュクス王太子に惹かれていたのだ。
―――― 初めて会ったのはカシュティールに非公式訪問し、王妃のお茶会に招かれた折……
お茶会に話相手として同席していたリュクス王太子は、優しかった。
エルヴィラを招待した王妃でさえ、多少ぎこちない様子を隠せていないのに、リュクス王太子は全くの自然体であるように見えた。
赤い髪と瞳を 「宝石のように美しい」 と、魔族そのものの血の気のない真っ白な肌を 「雪のようにきれいだ」 と、魔族の好みから外れる顔立ちを 「とても可愛らしい」 と…… とにかく、ほめてくれた。
魔王の娘らしくない、とよく言われる小柄な身体を 「守ってあげたいと思う人も、いると思うよ」 などと言われ、エルヴィラは有頂天になった。
―――― その後、アッディーラに戻った皇女は、リュクス王太子のことばかり考えて暮らすようになる……
(もう1度、あの人に会たい。日差しの明るいカシュティールの街を、あの人とふたりで歩いてみたい)
暗い魔王城の地下で、エルヴィラは毎日、そればかり願っていた。
―――― もっとも、それは簡単に叶うことではなかったが。
そもそもエルヴィラのカシュティール訪問は、両国が休戦中であり、かつ、第1王子ザクスベルトが起こしたとされる謀反の際にアッディーラに逃れた関係者の逮捕に魔族が協力した、そのお礼の意味合いもあって許可されたことである。
だがその翌年には、再びアッディーラからカシュティールへの進攻が開始され、両国の間柄は再び険悪になってしまった。
―――― もう2度と、リュクスに会うことはないかもしれない……
(いっそのこと、この国を抜け出して、こっそりカシュティールへ行こうかしら!?)
諦めきれないエルヴィラに、再び機会が巡ってきたのは、2年後。
アッディーラとカシュティールの講和と、それに伴う婚姻外交である。
どちらかといえばアッディーラが優位であった講和の中で、一見、魔族にとって何の益もないような婚姻話が進められたのは、ひとえにカシュティールを覆う対魔族用の結界のせいだった。
この結界がある限り、魔族がいかに攻めても、大陸の人間の国は安泰……
そこで、アッディーラは、カシュティールの結界を内側から崩す作戦に、切り換えたのだ。
それが、エルヴィラのカシュティール非公式訪問であり、その後の侵攻である。
それらは全て、リュクス王太子とエルヴィラ皇女の婚約のための布石に過ぎなかったのだ ――――
婚約の成立を伝えられた時、魔王は大声で笑ったという。
「魔力無しの役立たず皇女でも、使いようはあるのだな」 と。
―――― もっとも、魔王城の地下に押し込められて育ったエルヴィラに、その辺の計画のことはわからなかった。
彼女は願ってもいなかった機会に胸を踊らせ、ただ恋を成就させたい一心で、カシュティールへと入ったのだ。
―――― アッディーラの進攻により再び魔族への警戒を強めたカシュティールの人々から、自身が 『魔物姫』 と呼ばれ、敬遠されていることも知らずに。