表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/103

6-5. 求婚者の決意⑤

「確かに、都合よくリュクス様に理想のご令嬢が現れるとは、限りませんね」


 パトラが注いでくれたお茶をひとくち飲み、ルイーゼは小さく息を吐いた。


「けれど、少しだけ肩の荷が下りたように思います。これからしばらくは、聖女の修行、それにお母様の(やまい)を防ぐことに専念できましょう」


【あれほどお元気そうなリーリエ様が、もうじき倒れられるとは…… 信じがたいな】


「わたくしも正直なところ、確信がもてておりません、ザクス兄様」


 ルイーゼの前の人生で来年にあたる年に母、聖女リーリエがかかった病は、まだ兆候すら見えていない。


 取りあえず検査を増やしてもらったが、今のところ健康そのもの ―― と、先日の講義の折にも言っていた。


 それでもルイーゼに、油断するつもりは全くなかった。


 ―――― 原因は思わぬところにあるかもしれないし、誰かが何かを仕掛けてくる可能性だってあるのだから。


「もし病が、誰かの罠や呪いなのだとすれば…… まず疑わしいのはアッディーラでしょうね」


【魔族は常に我が国を狙っている、と考えたほうが良いからな】


「アッディーラといえば……」


 パトラが心配そうに顔をしかめた。


「明日の、王妃殿下のお茶会、本当に行かれるのですか?」


 5日も前に来た招待状のことである。

 ―――― 内容は 『カシュティールを非公式訪問しているアッディーラの姫、エルヴィラをもてなすためにプライベートでお茶会を開く』 というものだった。


 エルヴィラ皇女と年齢の合う話し相手として、ルイーゼが選ばれたのだ。


 なお、リュクス王太子も同席する予定だという ―― この時点で、できることなら遠慮したくはあるのだが。


「王妃殿下がご招待下さったものを、お断りなどできないでしょう?」


「でも、アッディーラのエルヴィラ皇女って、お嬢様を処刑に追いやる予定の、あの魔物姫ではございませんか……!」


「間違えないで、パトラ。それは前の人生です。わたくしはまだ処刑されていませんし、当然、エルヴィラ様とはまだ、何の因縁もございませんのよ」


「せめて、そこの悪霊だけでもお連れくださいませ」


「いけません。雷や地揺れで、王妃殿下に何かあってはなりませんから」


「ですけれど……」


「エルヴィラ様はこの度、カシュティールに初のご来訪です。まだどう転ぶか分からない時に、可能性をせばめては、いけません」


 このお茶会に呼ばれるのは、ルイーゼの1度目の人生では無かったことだった。


 ―――― 正式な婚約発表の時期が1年遅れただけで、未来はもう、変わってきている……

 ならば、出会ってもいないうちから、敵対することはない。


「用心しておけば、よろしいでしょう?」


 自らに言い聞かせるように、ルイーゼはこぶしをそっと握りしめた。


【つまりは、行くんだな?】


「ええ」


【なら、これをつけていってくれないか、ルイーゼ。火の神殿の護符(アミュレット)だ。蜘蛛糸を無効化する】


 ザクスベルトが手にしていたのは、剣の形に磨かれた赤瑪瑙(めのう)がついたペンダントだった。


 ―――― 魔族の姫エルヴィラには魔力は無いが、アッディーラの特殊な蜘蛛糸を自在に操る能力がある。

 魔力にも、剣にも強い蜘蛛糸の唯一の弱点が、神の炎なのだ。


「ザクス兄様…… わざわざ、とってきてくださいましたの?」


【ちゃんと、お布施は置いてきたぞ?】


 ルイーゼは思わず、くすくすと笑った。

 ―――― 温かいものが、胸の奥にじんわり広がっていくようだ。


(いつも、このような感じになれればよろしいのですが……)


 残念ながら、今のルイーゼが精神的ひきこもりを解除した状態でザクスベルトに近寄れば、間違いなく変人になれる。


【つけてあげよう】


 ザクスベルトが、すっとルイーゼの背後に回った。


(しまった、のです……!)


 ついウッカリ油断してしまっていたことに、今さらながら気づいたルイーゼ。


 右手で胸をおさえ、ぎゅっと目をつむった。


 首に触れた彼の指に生前のような温もりはなく、ひやりとした冷たさが残るだけ……


 ―――― なのに、心臓が、痛むほどに締め付けられてしまうのは……


(これ以上は無理です……!)


 ルイーゼは慌てて、思考を停止させたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ラブコメの波動を感じる( ˘ω˘ )
[一言] ルイーゼ。 一回痛い目見て、大人になったけど、やっぱり女の子ですね。
[良い点] ちゃんと小布施をする悪霊っていいですね(笑) あと、蜘蛛糸を使うわがまま姫という設定が、何気に魅力的です!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ