6-4. 求婚者の決意④
「これで来年もリュクス様に 『まだザクス兄様のことが……』 とでも申し上げれば、婚約の正式発表は、もう1年延期ですね」
【リュクスが気の毒になってきた……】
「あら。リュクス様は、わたくしが幼い頃より親しい従妹なので、勘違いしておられるだけでしょう」
【そうなのか?】
「ええ。さようでございます」
ザクスベルトは首をかしげた。
彼はあまりよくわかっていないが、実はルイーゼの自己評価は、かなり低い。
これまでとにかく周囲に従うよう育てられてきた上に、その根拠となる理屈が 『お前など取るに足らない存在 (by 父)』 だからだ。
なので、 『自分が誰かに恋愛対象と見なされている』 よりは 『何か勘違いされてる』 と考えたほうが、しっくり来てしまうのである。
そして、ルイーゼには 『勘違い』 を裏付ける根拠があった。
―――― リュクスの態度そのものである。
「本物の恋愛対象には、涼しいお顔で爽やかに 『愛している』 などとは申し上げられませんもの」
【…… なんだか、詳しいな、ルイーゼ】
「…… 書物で得た知識ですの。
リュクス様も、そのうち別の、わたくしなどより素晴らしいご令嬢が現れれば、おわかりになります」
【そう上手く、いくかな?】
ザクスベルトの柔らかな銀色の髪が、開け放たれた窓から差し込む日差しの中でそよ風のように揺れた。
甘い焼き菓子の匂いに、薬草の匂いが混じる。侍女のパトラが、ルイーゼのカップにお茶を注いだのだ。
「聖女様からいただいた薬草茶ですよ」
「お母様のおすすめだけありますね。良い香りですこと」
【俺にも】
「ザクスベルト様……っ、怖いから勝手にカップ動かさないでくださいな!?」
爽やかな秋口の午後、彼らはルイーゼの自室で、お茶を楽しんでいるのだ。
最初のうち、悪霊が見えない侍女のパトラは、ふよふよと宙に浮くカップといつの間にか減るお茶と焼き菓子、それに宙に向かって話すお嬢様にいちいち青ざめていたが、今では、文句を言える程度には慣れたらしい。
意識的にそちらから目をそらしてはいるものの…… 一緒にお茶に誘っても、今にも逃げ出さんばかりの様子で断らないようには、なってくれた。
忠誠心で恐怖を克服したのである。見上げたものだ。
―――― ちなみにザクスベルトの現在の住み処は、この部屋になっていた。
部屋の四隅に聖女が神力を込めた護符を飾ることで、悪霊として災いを呼ぶ力をとりあえず封じている。
そのうちもっと悪霊の力が強くなれば、その限りではないが ―― 今のところこの部屋にいる限りは、局所的な落雷や地揺れなどの心配はしなくて良い。
しかしながら、実はこの状態、今のルイーゼにも少しばかりキツいものがある。
―――― 先日、リュクスとの会話で何かを自覚しかけて以来、ザクスベルトが近くにいると、なんだか緊張してしまうようになってしまったからだ。
近すぎる距離感が不意に恥ずかしくなったり、話しかけられただけで、ついつい言われていない内容まで連想して自分でもわかるほどに赤面したり…… と、取り戻したばかりの感情のほうが、なかなか忙しい。
数日後、ついにルイーゼはギブアップした。
(わたくしは感情の処理に関しては、いわば赤ちゃんのようなものではありませんか……!
ここはあえて、無に戻らなければ…… ザクス兄様のこと以外、何も考えられません……!)
処理は下手でも抑制は得意だ。物心ついて以来、そればかりやってきたのだから。
かくしてルイーゼは、ザクスベルトと一緒にいる時にはあえて、1度目の人生と同じく、『精神的ひきこもり状態になり、上辺の態度だけをそれなりに飾る』 という技を用いることにしたのだった。
この技は、ウッカリ油断しない限り有効であり ――――
ルイーゼが今、ザクスベルトとそれなりに落ち着いて穏やかに微笑み合えているのは、まさに、この後ろ向きな努力の賜物なのである。




