6-3. 求婚者の決意③
「僕は貴女を愛している。無理強いは、したくないんだ。けれど…… 頼むよ、僕にチャンスをくれないだろうか」
ルイーゼは、迷った。
耳の奥では、昨日の母の声がこだましている。
―――― 後ろを振り返りながら逃げる、発情期のメスウサギ。
(ここでうなずけば、わたくし、メスウサギ並みなのでしょうか……?)
けれども、リュクス王太子の真剣な態度を今、全否定してしまえば……
『リュクス王太子が国王と公爵に泣きつく ⇒ ルイーゼが公爵から怒られ、ヘタすれば婚約発表まで監視・監禁 ⇒ なしくずしに正式に婚約成立』 というルートをたどることも、ありうる。
もし、そうなってしまえば、とても聖女を目指すどころではなくなるだろう。
(あくまで穏便に、処理しなければ…… つまりは、リュクス様からお断りいただけるように、何らかの手を、打たなければ)
結局、ルイーゼはふたたび、果たし合いでもするようにリュクスを睨み付けるしか、なかったのだった。
「かしこまりました。受けて立って差し上げましょう、リュクス様。
では、わたくしは、これで……」
「そう。僕はもう少し、庭を見せてもらうよ。公爵邸でゆっくりするのも、久々だからね。送ろうか?」
「いいえ。我が家ですもの、けっこうです。リュクス様もどうぞ、ごゆっくりしていらして」
優美に淑女の礼をとり、そそくさと立ち去っていったルイーゼは、知らない。
その背中をじっと見送るリュクスの形の良い唇が、かすかに動いていたことを。
―――― 兄上め。せっかく……てもらったのに、死んでも邪魔をするとは、ね。
※※※※
数日後 ――――
ルイーゼは、中央神殿にいた。
聖女の後継修行の第一歩は、まず、座学 ―― 現聖女である母リーリエの講義から、である。
これからしばらくは、公爵家の館に住みながら、中央神殿に聖女の講義を受けに通う日々になりそうだ。
場所は、聖女のプライベートルーム。
テーブルの上では山盛りの焼き菓子とお茶が、良い香りを漂わせている。
終わったら少しゆっくりしましょう、とウィンクすると、リーリエは早速、口を開いた。
「聖女の一番の仕事は、国を守る対魔結界を紡ぐこと…… 正確には、中央神殿の奥に安置されている対魔結界の核石に神力を注ぎ、それを維持することです。
この神力はいわば、国女神様からの借り物で、聖女に指名されれば、より大きな力が使えるようになっているのですが…… ここまではご存じね?」
「はい」
「つまりは、聖女というのは、身に備わった神力の大きさより、国女神様の力の媒介となり得るかどうか、の方が重要なのです」
「それで、お母様はわたくしに機会を……?」
「そうね、血筋的には、有り得ると思っています。ただ、2代続けてツヴェック家から聖女を出すと、うるさく言う輩もいるから迷っていたのだけれど……」
ルイーゼの母、聖女リーリエは、辺境ユィターを守護するツヴェック家の出身である。
―――― 魔族の国アッディーラと境を接する辺境領には、魔族からの侵攻を防ぐために神力の強い家系が置かれており、ツヴェック家も、神官や聖騎士、聖女を輩出する家柄だ。
しかし、同様の辺境伯家はほかにも2家 ―― ヴォルツ領のエルツ家、メアベルクのシェーン家 ―― があるので、事情は少々、ややこしかった。
国内の貴族のパワーバランスを保つため、国の守りの要ともいえる聖女を続けて同じ家から出さないのは、不文律なのだ。
「幸い、今はほかの後継候補が挙がっていないので、取りあえずルイーゼ、あなたが認められたというわけ」
ちなみに、ルイーゼの立場としては、聖女の後継に内々々定程度 ―― 見込みがあるから極秘に育ててみる、という話をリーリエから最高神官に通して許可を得た、といったところであるらしい。
「国のために身を捧げたい健気な娘、ということにしているから…… 最高神官様にお会いした時にはくれぐれも、『婚約回避が目標です』 だなんて言わないでね?」
聖女は器用に片目をつぶって舌を出してみせたのだった。
※※※※
信頼はできずとも、リュクス王太子は、確かに律儀で誠実であった。
約束どおり、国王と公爵に対し、何らかの意見をしてくれたようである。
結果 ――――
婚約の内定はそのままだが、正式な発表は、ひとまず、ルイーゼが16歳になるまで待つ、ということになった。