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6-2. 求婚者の決意②

 ルイーゼは確かに、生前からザクスベルトに懐いていた。


 10歳で婚約が内定していたが、特にそれを不満に思った覚えはない。


 15歳の誕生日を迎えた時には 「来年のデビュタントでは、ザクス兄さまにエスコートしてもらうのですね」 などと、なんとなく考えていた記憶がある。


 その後ザクスベルトが処刑されたと知ってからは ―― 今から考えれば、あれは 『悲しい』 ということだったのだろうが ―― まるでルイーゼ自身が幽霊になってしまって、どこにも身の置き所なく彷徨(さまよ)っているような心持ちが、いつまでもした。


 そして、ルイーゼ自身が死ぬ直前にも、確か、「できればザクス兄様と幸せに暮らしてみたかった」 と思ったはずだ。


 ―――― ただ、それらが愛や恋などというものと関係あるのかと考えても、全くもってわからない。


(婚約内定者と幸せに暮らしたい、ですとか…… どなたでも思うことでは!?) 


 ちなみに、カシュティール王国では王族貴族の婚姻は、ほぼ政略である。

 家格の釣り合いや金銭問題の解決、そして、政治的な思惑……

 ようは、恋愛結婚は珍しいのだ。というより、恋愛結婚、という概念がない。


 結婚した大人たちが遊戯として楽しむもの ―― それが、この国の恋愛の位置づけである。


 たとえば、リュクスの母のマルガリータが、国王の愛妾でありながら身分が子爵夫人なのも、そのためだ。


 一方で、婚姻前の男女の恋愛などは、醜聞(スキャンダル)である ―― と、まともな王族貴族の令嬢は、言い聞かせられて育つ。


 もちろん、もともと生粋の箱入り公爵令嬢であるルイーゼも、ガッチガチにその価値観に縛られている、ひとりだ。


 なので、恋愛ごとを取り扱った書物 (貴族の令嬢向けなのでその愚かしさが誇張ぎみに描かれていた) を読んだことはあっても、自身をその中に、あてはめて考えたことはない。


 ―――― 書物によると、恋愛対象と話す時には胸がドキドキと高鳴り、その人のことを考えるだけで、顔が熱く (赤く) なったりするらしいのだが。


 ―――― もし、仮に、リュクスの言うとおり、ザクスベルトがそうした恋愛対象であるとして……


(えええええ!?)


 想像したら、本当にドキドキしてきてしまった。どうしよう。


 ―――― もし、ザクスベルトがルイーゼに 「麗しい」 とか 「最愛の人」 とか 「薔薇も色褪せる」 とか (生前には1度もなかったけど) 囁いてくれるとしたら……


 『杓子定規かつ、寒いセリフ』 などと一笑に付すことは、とても、できそうにない。

 むしろ、その(つたな)さも含めて可愛らしい。そして、照れくさい。

 あくまで、想像ではあるが。


 ―――― もし、ザクスベルトが 「よく眠れるようにおまじないだよ」 などと、取って付けたような言い訳をしながら、額にキスなどしてくれたとしたなら……


(あああああああああ…… わたくしったら、なんと、はしたないことを……!)


 ルイーゼは思わず、両手を頬にあてていた。

 熱い。耳まで熱い。


(いえいえいえいえ! そのようなことされたら、相手がどなたでも狼狽(うろた)えてしまうというものでしょう……!?

 たとえば、リュクス様だって…… あら、それはないようです)


 ―――― 寒気でちょっと、冷静になれた。


 ザクスベルトもリュクスもルイーゼにとっては、同様に親しい従兄。

 もちろん、ふたりとも嫌いではなかったが…… ルイーゼの中では、いつの間にやら無意識のうちに、かなり差別していたらしい。


 それが恋愛なのかそうでないか…… という違いについては、まだ確信は全くもてないが。


 ―――― けれども、ここで言うべきことは、決まった。



「そのとおりでございます、リュクス様。わたくし、今もザクスベルト様のことが忘れられませんの」


 だって今も、いざという時の落雷要員として、ルイーゼの部屋で待機してもらっているのだから。忘れてたら、健忘症だ。


「わかったよ…… ルイーゼ。

 僕から父と公爵にお願いして、婚約は先延ばしにしてもらおう」


 リュクスは寂しげにフッと微笑み、キッパリと宣言したのだった。


「僕は、兄上を越えられるように頑張る。もし、僕のことを、兄上くらいには認めてもいいな、とルイーゼが思ってくれたら、その時には求婚を受けてください」


 リュクスの提案はつまり、ルイーゼがその気になるまでの、正式な婚約発表の延期である。

 リュクスとしては最大の譲歩ではあるのだが ……


 1度目の人生とは比較にならないほど頑張ってお断りし続けているルイーゼとしては、もうそろそろリュクスにはポッキリ折れてほしい。


 いっそ、彼にも前の人生の顛末(てんまつ)を明かして、遠慮してもらおうかとも考えたルイーゼであるが、すぐにダメだと気づいた。


 ―――― リュクスが、何がなんでもルイーゼの味方になってくれるような人物ではないことは、その顛末で明らかである。

 律儀だし誠実さもある人だが、信頼はできないのだ。


 しかし今、目の前の彼は、真剣では、あった。



2021/07/27 誤字訂正しました! 2件も報告くださって、どうもありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 未来になにがあったかがわからないからなぁ。 結局信頼を作っていこうというのが(未来を見ていなくても)難しい主人公側の精神性の未熟さ(これは過去の生活で培われちゃったから気の毒ではある)にも問…
[一言] 敢えてリュクスを擁護する方針で感想を書いていく予定だったのですが、既に厳しくなってきました(笑) 元々ときめかなったのか、一度結果を知ってしまったからそうなのかは分かりませんが、いずれにせ…
[一言] 王子から見れば、故人を慕う令嬢ですからね……。 記憶が褪せればまだ可能性は十分にあると思うでしょうから、引き下がらないのは解らなくもないですね。 ……令嬢が当の故人と話せるので話は違います…
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