6-1. 求婚者の決意①
「今日も麗しいよ、最愛のひと」
翌日も、リュクス王太子はルイーゼの元を訪れた。どんだけ暇なんだ…… ではなく。
予定を詰めて、わざわざ時間を作っているのだ。
聖女に 『魔族の呪い』 を受けた顔を治してもらったことを喜んでくれるのはいいが、ついでに背筋がぞわっとするような寒いセリフを囁くのはやめてほしい。
だが、きちんと自らルイーゼに求婚した上で婚約…… それが、今のリュクスの最優先事項だった。
「大輪の薔薇も貴女の前では色あせるよ、ルイーゼ」
そして、求婚相手にとにかく甘ゼリフを吐くのも、リュクスの倫理感の中では当然のことだった。
いくら出来レースの婚約とはいえ、きちんとしたいのだろう。
この律儀さは、彼の最大の美徳かもしれない…… しかし。
そんなのは、ルイーゼの知ったことではない。
出迎えたルイーゼは、公爵家の庭園でふたりきりになるやいなや、キッと王太子をにらみつけたのだった。
―――― 心境はすでに最終決戦、果たし合いである。
「リュクス様。先に申し上げておきますが、わたくし、リュクス様と婚約する気はございません。
父と国王様が勝手にお決めになったことですので、リュクス様も、わたくしではなくお好みのご令嬢に求婚されればよろしいかと存じます。といいますか、ぜひそうしてくださいませ。
おそらくはそちらのほうが、こちらからお断り申し上げるよりも穏便でございましょうから」
王太子が婚約内定者以外の令嬢に求婚するのもリスクはあるが、こちらから求婚を断って父公爵をブチギレさせるよりは、ルイーゼにとっては大いにマシである。
「…………」
リュクスは青空のような色の瞳を呆然とルイーゼに向けていたが、やがて気を取り直したのだろう。
ゆっくりと、口を開いた。
「わかった。好みの令嬢に求婚するよ」
「おわかりいただけて、よろしうございましたわ、王太子殿下」
優美な微笑みを頬に浮かべながら、ルイーゼは内心でほっと息をついていた。
―――― これでも聞き入れてもらえなかったら 「聖女になりますので」 と手の内のカードをもう1枚、晒さなければならないところだったが、今は大丈夫そうだ。
まだ、それなりの実力がつくまでは、聖女の後継を目指し始めたことは黙っておきたい…… 早々にバレてしまえば、余計な横やりを入れられる可能性がある。
―――― しかし、ほっとしたのも束の間。
なぜだか、リュクス王太子が、ひざまずいてスカートの裾に今にもキスしそうになっていた。
「あの、王太子殿下?」
「ルイーゼ。国王陛下からあなたとの婚約内定を伝えられた時、僕は嬉しかった」
「え? えええ? あの……?」
「政略なんかじゃない。必ず……」
リュクス王太子は、ひざまずいたまま、青空のような瞳でルイーゼを見上げた。
ここまでくれば、つまりは王太子は 「好みの令嬢? そんなのあなたに決まってる」 的なことを言っていると、恋愛ごとには疎いルイーゼにも、さすがにわかる。
「必ず、あなたを幸せにすると 「お待ちくださいませ! まだ、おっしゃらないで!」
リュクスの顔が、ほんの少しだけ、泣きそうな感じに歪んだ。
立ち上がり、ルイーゼの肩に手をかけてのぞきこんでくる空の色の瞳も、どこか悲しげだ。
「…… もしかして、兄上のことが、まだ、気になる?」
「えええええ?」
一瞬、リュクスにも悪霊が視えていたのかとルイーゼは焦ったが、そうではないらしい。
リュクスはそのまま、あからさまにしょんぼりとしてみせた。
「そうだよね…… 兄上が生きておられたら、ルイーゼは兄上の妃になっていたはずだし…… 忘れられなくて当然だよね…… なにしろ、兄上だもの」
「それはもしや、わたくしがその、亡きザクスベルト様を、その……」
口ごもる、ルイーゼ。
聞けない。「わたくしがザクスベルト様を恋愛対象とみなしている、とおっしゃっているのですか?」 だなんて。