5-5. 母聖女⑤
「わたくしには、聖女など、無理ではないかと、思うのですが……」
ルイーゼの声は、小さかった。
―――― 女の子に生まれて、父親からはガッカリされた。
母親のようには神力を持たない自分に、自分でガッカリしてきた。
何も持たず、何者にもなれないなら、せめて優良な駒でいようと…… そう決めて、1度目の人生を生きてきた。
自信も何も、あったものじゃないのだ。
しかし、母はけろりとしている。
「けれどもね、ルイーゼ。あなた、1度死んで時を遡るような、すごい体験をしているのでしょう?
潜在的にあった能力があらわれてても、おかしくないじゃない」
「けれど、わたくしには……」
「何より、この世ならざる霊が視えるようになったのが、神力が現れはじめた証拠でしょ?」
「ですから……」
急にアレコレと言われても、頭をよぎるのは 『お前に、きれいに着飾って愛想を振りまく以上の価値などない』 という父の言葉だ。
政略の駒になる以外は無価値な娘 ―― 父は、あらゆる方法でルイーゼがそうだと、教え込んできたのだ。
「それにルイーゼ、冷静に考えてごらんなさい? リュクス王太子がイラクサにめげない以上、あとは、聖女くらいしか手がないのではなくて?
……いいえ、これでも弱いわよね…… どうしてくれようかしら……」
「あの、お母様。お気持ちはありがとう存じますが、わたくしには、やはり、無理ではないでしょうか……」
「あきらめるの? これまでと同じように?」
リーリエの顔が厳しくなった。
「せっかく、時を遡ってやり直ししているのに、また、負けるの?」
ルイーゼは、はっ、として母を見た。そのとおりだ。
また、前の人生のくせ ―― 勝負をする前から、すぐに諦めて、投げ出してしまう ―― が出てしまっていた。
―――― 幼い日に、ルイーゼがまず覚えたのは、母に会うのを諦めること。
それからも、色々なことを諦めてきた…… 乳母も侍女たちも、ルイーゼが良い子でなければ、困るようだったから。
父の気に入らなければ、部屋に閉じ込められて 『居ない子』 になってしまうから。
用意された服と違う服を着たい、と言うのはダメ。
食事を残すのはダメ。
父と一緒に食事をしたいと言うのもダメ。
乳母や侍女たちに、一緒に食べましょうと誘ってはダメ……
(こうして考えますと、食事での後悔が、多いのですね……)
母のいない食卓はいつもひとりで、何を食べても味気なかった。
―――― 従兄のザクスベルトやリュクスと遊んでいても、時間が来れば、諦めた。
もっと遊びたい、などと言ってはいけない。
王子たちにもルイーゼにも、大人が決めた予定が詰まっていたからだ。
小さなことから始まって、最後には何もかもを諦めるようになっていた。
同時に、考えることも感情を持つこともやめた…… それらは全て、無駄だったから。
処刑される瞬間まで、無駄だと信じていたから。
―――― あの死の苦しみの中で、ルイーゼは初めて、感情を取り戻したのだ。
なぜこんな目に遭わなければならないのか、理不尽だ、と。
はじけて燃えだしたような怒りの中で感じた世界は、これまで単なる人形として見てきた世界の、何倍も美しかった。
それから息絶えるまでの数瞬、ルイーゼは強烈に願ったのだ。
―――― この美しい世界で、何ひとつ諦めることなく、生きてみたい、と。
―――― そうだ。
2度目の人生、諦めることだけは、あり得ない。
「お母様、わたくし、聖女を継ぎます」
「そう、じゃ、決まりね」
リーリエは、娘の頬にそっと手を伸ばした。
指先から微かな光が漏れ、イラクサで赤くかぶれた肌が、元どおりに戻っていく。
「ルイーゼ。わたくしは、何があっても、あなたの味方ですからね…… 修行のほうは、容赦はしませんけど」
「はい。わたくし、何がなんでも、神力を身につけてみせます……」
「その意気よ」
「はい……!」
―――― だが、その前に。
まずは、求婚者退治だ。