5-4 . 母聖女④
前の人生でも、ひとりで死んでいったわけではない ――――
その可能性を目の前にぶらさげられ、ルイーゼは、がっくりと肩を落とした。
「どなたのお陰か、心当たりも無いなんて…… わたくしったら、なんというヒドい人間でしたのでしょう……」
「まだ確定ではないですから、あまり気にしなくてもいいわよ、ルイーゼ。
もしかしたら本当は、あなたの頭がおかしくなったのかもしれないし」
「お母様……!」
リーリエは大きく口を開けて笑った。
「時を戻ったのではなく、予知夢の可能性もあるでしょう? 取りあえずその話が嘘でないと仮定して、先に進めると……
リュクス王子と婚約しただけで、あなたが死刑になるとは言えないわね、ルイーゼ」
「どういうことでしょうか」
「直接の原因は、アッディーラの休戦協定の破棄と侵略…… そしてその原因は、わたくしの神力の衰えでしょう、つまるところ。
―――― わたくし、病気にでもなるの?」
ルイーゼは、息をのんだ。
―――― それは、黙っておこうと考えていたことだからだ。
なんといっても、リーリエは今、見るからに健康そのもの。
確かなことがわかるまでは、言う必要はない…… と、判断していたのだ。
「さっさとおっしゃい」
「はい…… 1度目の人生と同じなら、来年、わたくしが16歳の頃にはお母様は…… 原因不明の病に…… ですけれど、今回は前と同じとは限りませんし」
「前と同じとは限らないけれど、同じかもしれないのね?」
「はい……」
うなだれる、ルイーゼ。
―――― 人の言いなりになどならない、と決意したばかりだというのに、 「おっしゃい」 と言われてすぐにホイホイと白状してしまっているなんて。
己のことなど信じられたためしがないと言えばそれまでだが、そんな自分にやはり、ガッカリしてしまう。
「あの、お母様。よぶんなご心配をおかけして、申し訳なく存じます…… あの、病の原因は絶対に見つけますから……」
「あら、ありがとう。けど、『よぶんな心配』 はそれこそ、よぶんよ?
わたくしは、あなたが話してくれて嬉しいわ、ルイーゼ」
「はい……」
「ルイーゼ。あなたは立場としては、なるべく完璧でなければならないかもしれないけれど……
わたくし相手には、失敗しても失言してもいいのよ? 親子ですもの」
リーリエは微笑んだ。
―――― 10年来、顔もほぼ合わせていなかった娘。
それなりに気にかけてはいたが、当然ながら、娘には伝わっていないようだ。
それでも、こうして困りごとを相談しにきてくれた。
到底、信じがたいような事情を打ち明けてくれた。
―――― 10年の溝は、すぐ埋まるものではないけれど、だからこそ、今しかない。
今、娘を信じなくて、いつ信じるというのだろう。
「ルイーゼ、どうしても婚約回避したいなら、あなた、聖女におなりなさい」
「はい…… ええ?」
母のいかにもお気楽な 「聖女継いじゃって!」 とのリクエストに、またしても前の人生の癖で、ついついうなずきかけてから、ルイーゼは慌てて聞き返した。
「わたくし、確かにお母様の血筋ですけれど…… これまで、神力のカケラも現れたこと、ございませんし……」
自然と小さくなる娘の声を、聖女はけろりとして遮った。
「そのようなこと、これからに決まってるでしょう?」
―――― 来年に聖女の対魔結界がもたなくなるのならば、それまでにルイーゼが聖女になって後を継げば良い。
それが、母である聖女リーリエの主張である。
「聖女を継ぐなら、神殿にこもらなければならないから、むしろ結婚しないほうが便利だし、悪霊に憑かれてても影響を受けにくいし、万一、わたくしが原因不明の病で倒れても問題なし…… わぁ、一石三鳥!
―――― そんなわけで、よろしくね?」
いや、そんな気軽に 『よろしく』 とか言われても。