5-2 . 母聖女②
「このお茶は…… カモミールとミントのブレンドでしょうか、お母様?」
「残念。それだけじゃないのよ、ルイーゼ。色々と入っているの」
とっておきだと出されたお茶は、初めて飲むものだった。独特の香りとスッキリした苦味が爽やかだ。
「あなたも少し、持って帰る?
わたくしがお茶好きなのが知れていて、皆さまが色々と、持ってきてくださるのよ。たくさんあるから、よろしければどうぞ?」
「ありがとうございます…… お母様。いただきます」
「どれにしようかしら…… このツボの模様が綺麗ね。はい、どうぞ」
棚の前でしばらく悩んだ後、リーリエは小さな陶器の茶ツボを取り出して娘に手渡し、ニッコリした。
「では、ルイーゼ。先にあなたの質問から、聞きましょうか?」
もうひとくちお茶を飲み、ルイーゼは深々と息を整えた。
母とこんなに距離が近いのは、実に10年以上ぶりだ。緊張する。
「わたくしが、お母様にうかがいたいのは…… どうすれば、男の方の執着が解けるのかということで、ございますの」
【ぶふふふふっ】
ザクスベルトが吹き出し、パトラの顔が、笑いをこらえて真っ赤になった。
「…… それは、そのイラクサのお顔のことを言っているの?」
リーリエの笑いを噛み殺した問いに、こっくりとうなずく、ルイーゼ。顔がかゆい。
「まさか、このひどい顔を見ても求婚してくる方がいらっしゃるとは思わなかったのです…… わたくしとしては、奥から2番目の手だったのですけれど」
「では、1番奥の手はなに?」
「それは…… ハッキリと 『あなたとは婚約したくないので、求婚なら別の方にしてください』 と申し上げることかと」
「なら、そうなさい。そっちの方が親切よ」
「そうでしょうか……」
「ええ。その気がないのならば、早めにバッサリ切って差し上げるのがマナーと、わたくしは思うの。
後ろを振り返りながら逃げるなんて、発情期のメスウサギみたいじゃない。みっともなくてよ」
そんなつもりは、と反論しかけて、ルイーゼは言葉をのみ込んだ。
―――― つまり母には、そう見えたのだ。
そして、子どもを守るようにではなく、対等な女性として率直に意見してくれている……
それでも言い訳したくなるのは、まだ子どもとして母に甘えたい心がどこかに残っているせいだろうか。
「…… リュクス様のお気持ちを、傷つけたくはなかったのです……」
小声での弁明に、リーリエは不思議そうに目を丸くした。
「それほど好きなら、取りあえず受けておけばいいじゃない。リュクス王子なら上々のほうでしょうに」
「そうですよっ」
好きというわけでは、とルイーゼが反論する前に、思わぬところで口を挟んだのは、パトラだ。
―――― 侍女で単なる付き添いだから遠慮して、聞き役に徹していたのだが、ここにきて溜め込んでいたモヤモヤが炸裂してしまったらしい。
「顔で女性を判断しないでしょ。婚約はもう内定しててもキチンと求婚してくださるだなんて、誠実ですし。
それに気心の知れた従兄は、他国の会ったことない王子より数十段マシです!」
公爵令嬢は、血筋的には王族であるため、その嫁ぎ先は、同じ王族になる。身分を下げることは基本、許されていないのだ。
そのため、自国にふさわしい相手がいなければ、肖像画でしか知らない他国の王子へ嫁ぐのが一般的である。
人となりも全く知れない余所の男よりは、リュクスのほうが大いに良い ―― というのが、パトラの主張なのだ。
「紛れもなく買い物件ですのに、どうして婚約したくないんですか、お嬢様ったら……」
「そうよ、ねえ?」
「ですよ、ねえ?」
仲良く顔を見合わせてうなずき合う母親と年上の侍女。
―――― なるほど、言われてみればその通り。では、あるのだけれど。
「信じていただけないかもしれませんが、どうしても、婚約できない事情があるのです」
―――― 少し迷っていたが、やはり打ち明けてしまおう。
ルイーゼは、淹れてから時間が経って苦みの増したお茶を飲み干し、覚悟を決めて口を開いた。
「リュクス王子と婚約すれば、先には破滅しかないのでございます」




