4-3 . お見合い③
うつむき小刻みに震える従妹の華奢な肩に、リュクスはそっと手を置いた。
「ルイーゼ…… 僕は容姿などで人を判断しないよ」
―――― え?
「顔がどうなっても、君は優しく賢い、妃にふさわしい女性だ。
それに、魔族の呪いだからと絶望することはない。神殿に命じて、解呪の方法を探させよう」
―――― ええええ!?
予定と、大いに違う。
(ちょっと、パトラ! 殿方の7割は顔とボディと愛嬌です、って…… 嘘ではないですか!)
密かに焦るルイーゼの前に、リュクス王太子はすっとひざまずいた。
その手が、スカートの裾に伸びている。非常にまずい。
―――― カシュティールでの求婚は、男性が女性のスカートの裾に口づけして行うのだ。
「だから、ルイーゼ。僕と……」
その時。
鋭い光が辺りを照らし、空気を割るようなものすごい音とともに、雷が落ちた。
※※※※
急な落雷と強く降り出した雨のせいで結局、お見合いは中止になった。あのセリフも、聞かずに済んだ。
リュクスとルイーゼを心配した王妃が、早速に使用人を遣わしてくれたおかげである。
「ひとまずは、求婚回避できました」
自室で鏡に向かい、摘んでおいたイラクサの籠に顔を埋もれさせて新たな発疹を作りながら、ルイーゼは背後にいる悪霊に話しかけた。
「ありがとうございます、ザクス兄様。雷、良いタイミングでございました」
【もう少し早くても良かったんだが…… 天災を自在に操れるようにはなっていないからね】
「…… 兄様が、そこまでのレベルになられたら、より永遠の国へ逝かれるのが難しくなりそう」
【言えてるな】
「わたくしとしては、それも良いのですけれど」
【いやいや。国が滅びる前に、お暇しないと】
ザクスベルトは快活に笑った。
ルイーゼは、イラクサの籠から顔を上げた。
『治らない』 と、嘘をついたばかりに、イラクサかぶれの顔がリュクスには効果がないことが判明した後も、痛痒さに耐えて発疹を作り続けなければならない…… 釈然としない話だ。
自業自得では、あるが。
「少しの時間稼ぎはできましたけれど、ゆっくりはしていられませんね」
【リュクスは律儀だからな。おそらく近いうちに、再び求婚の場を設けるか、あるいはリュクスのほうから訪ねてくるか……
そもそも親父連中からすれば、求婚してもしなくても婚約は成立させる目論見だろうから、求婚というのはリュクスの気持ち次第の問題なわけで】
「非常によく、わかります……」
つまり、婚約は婚約で、いずれはぶち壊さなければならない。
リュクスからの求婚をまず回避しようとしているのは、それをされてしまうと婚約がぶち壊せないほど強固になる可能性が高いからだ。
「パトラによれば、顔さえ崩せば7割成功、でしたはずですのに……」
【残りの3割の方だったんだろう】
ルイーゼは天井をあおいでタメイキをついた。
―――― 前と同じ人生は、絶対に繰り返したくない。
けれども、前の人生ではずっと、周囲に従って生きていくことしかしていなかったルイーゼには、他人の考えを根本から変える方法など、すぐにわかるはずもなかった。
―――― こうなれば、リュクス王子から再び求婚される前に、どこかに逃げるしかない。
それに、婚約そのものを発表前に壊す方法も、もちろんのこと、探さなければ。
翌日。
ザクスベルトの読みどおり、王太子のお忍び用の馬車がアインシュタット公爵家の邸宅の前に止まった。
―――― だがその時すでに、ルイーゼは館にはいなかった。
2021/08/01 誤字訂正しました!報告下さった方、ありがとうございます!