35-2. エピローグ~20年後の再会~②
「けれど、跡継ぎの問題は、王位継承者を育てるための学園新設で解決いたしましたし……」
「だからこそ! 結婚はともかく、恋のひとつやふたつしましょうよ。せっかく、選り取りみどりなんですから」
パトラのいう 『選り取りみどり』 とは、数年前にルイーゼが新設した学園のことである。
―――― 身分年齢性別関係なく、優秀な者を集めて教育を施し、その中でもさらに優秀な者を、王位継承者や聖女、聖騎士に選ぶ。
選ばれなかった者にも、役人や騎士としての道が開かれやすい。
学園は、国内だけでなく、カシュティールの南に乱立する小国にもウケた。
余り者の王子が、もしかしたら大国の王になれるかもしれないからだ。
『これってワンチャンあるんじゃね!?』 とばかりに送り込まれる王子や金持ち貴族の子息、相当数 ―― しかも、学力人格人望ともに、厳しい試験をクリアした者たちばかり ―― なので、誰をとっても問題はなし、である。
パトラにはそれが、入れ食い状態の釣り堀に見えているのだ。
だが、ルイーゼとしては。
「わたくしがあれこれと手を尽くし十数年を費やして学園を作りましたのは、プライベートにそうした厄介ごとを持ち込まないためでしてよ、パトラ」
ということだった。
―――― ルイーゼが根回しと懐柔を重ね、幾多の反対を乗り越えて王位・聖女継承者育成のための学園を建てた目的。
それは、これまでのような王位継承を巡る内乱や、聖女の後継問題の解決が半分とすれば、残りの半分は、『世継ぎのために結婚を』 と当然のように勧めてくる者たちから、身をかわすためであったのだ。
カシュティールは大国であるから、後継問題さえクリアすれば、政略のために他国の王子と無理して結婚する必要はない。
「あのね、パトラ。あなたにしか申せませんけど、国王と聖女の兼務は意外と、気が抜けませんのよ。プライベートの時間は、とっても貴重ですのよ。
なのにどうして今さら、恋ですとか結婚ですとか、面倒事に首を突っ込まなくてはならないのでしょうか。
そのようなもの、飼い葉に交ぜて馬の餌にでもしておしまい」
「お嬢様、まだ枯れるには早すぎます……っ!」
パトラは流行の形に結った主の黒髪に花を飾りつつ、息巻いた。
「認めませんからね! 今日の舞踏会こそは、誰かにトキメいていただきますとも!」
毎年繰り返される似たような会話だが、今回はそれにもう一言が、付け加えられた。
「ザクスフリート様は第4王子ながら英邁とのご評判です。学園生に適任者がおられなければ、彼でもいいのでは……!?」
「いえ、ザクスフリート様のほうがご不満でしょう、それは」
懐かしい名前によく似た響きに、知らず知らずのうちに顔をほころばせる、ルイーゼ。
―――― 幼い頃の記憶はどれも灰色なのに、彼の記憶だけは今も、鮮やかな色合いで蘇る……
それが恋だと自覚した時には彼はもう死んでいた。
だから、たとえ悪霊であっても、そばに居られることは幸せで…… けれど、いつも少し悲しかった。
全力で気づかないふりをして甘えて、引き留めていた…… 悪霊を引き留め続けることは、国のためにならないと知っていても、そんなことはどうでも良かった。
もしも、ザクスベルト自身が正しい道を選ぼうとしなければ、おそらくは、カシュティールはもう、地上から消えていただろう。
ルイーゼは今しばしば、賢王と崇められているが、その道を選ばせたのはザクスベルトや前聖女リーリエの願いあってこそ、なのだ。
―――― でなければ、ただの愚かな小娘でしかなく…… その愚かさは、今でも思い返せば微かな痛みをもたらしはするものの、同時に、抱きしめたいほど愛しく、懐かしい。
ルイーゼにとって、恋は、あの1度でじゅうぶんなのだ ――――
―――― 月の光が青く降り注ぐ夜。
城から漏れ聞こえるのは、軽やかなワルツの調べ。
(22年前と同じ曲……)
芝生の上にルイーゼはひとり佇み、空を見上げていた。