35-1. エピローグ~20年後の再会~①
過ぎてみると早いものだが、瞬く間と言うにはいささか長い20年が、経った。
その間、カシュティールとアッディーラの関係は緊張感はあるものの小康状態 ―― 時折、小競り合いを演出しつつも、お互いにさしたる被害はなく、大きな争いには発展しない…… という線を保ち続けた。
ともに内政に力を注いだ結果、両国は豊かになり、大陸は、後に 『ペルディータの平和』 と呼ばれる黄金時代を迎えていた ――――
「わたくしの治世における最大の失敗は、 『平和』 にしすぎたことでございますね……」
「そんな失敗、微笑ましいほうではありませんか、お嬢様」
鏡に向かい顔をしかめるルイーゼの髪に、パトラは念入りに櫛を通した。
これから始まるのは、カシュティール王国の社交シーズンを締めくくる王城の大舞踏会 ―― そこで主が誰よりも美しくあるよう、細心の注意を払って、侍女は黒い髪を結い上げる。
『お嬢様より良い男がいたら結婚します』 と公言してはばからなかったパトラは、10年ほど前に、今は聖騎士団長となったファドマールと遅い結婚をしたが、相変わらず仕事一筋である。
ファドマールも同じく仕事一筋。働き者の夫婦としてルイーゼを支えてくれているが、気安さもあり言うことはたまに辛辣だ。
「メアベルクのシェーン家当主が、お嬢様のお陰で、19年結婚しなかったことに比べれば!」
「それは言わないでくださいませ…… もう、なんとかなったのですから、良いではありませんか」
出会った時は12歳だったシェーン家当主エカードも、すでに33歳。
一昨年、隣国ナグウォルの15歳年下の王女に一目惚れされ押しまくられ押し切られて結婚するまで 『シェーン家当主による聖女兼国王陛下への求婚 (必ずフラれる)』 は、もはや舞踏会の恒例イベントと言ってもよかった。
何度フラれてもめげず 「姉上があの方を忘れられるまで、ずっと待ちますから!」 と宣言する、年の割にいつまでも少年ぽさが抜けない彼のその台詞に、ひそかに 「尊い!」 と身悶えしていた貴婦人も多数とか。
もちろん、本人は知らないが。
「今日はナグウォル国の第4王子もいらっしゃるのでしょう?」
「ええ。ザクスフリート様とおっしゃったかしら…… 王太后様のお招きなのですよ、珍しいこと」
王太后 ―― 前王妃は、ルイーゼの国王就任以来、離宮で静かに隠居生活を送っていた。
ルイーゼから問われない限りは政治に口出しすることも滅多になかったが、この舞踏会では珍しくも、客を招待するという。
「…… といいましても、政治的な意図は全くなく、単に年若い甥にねだられた、ということなのですが……」
「ならば、気合い入れないと!」
パトラはきっぱりと、宣言した。
「きっと王太后様も、お嬢様のお相手がいつまでも決まらないのを心配しておられるのですよ」
「まさか…… 20年前ならいざ知らず。わたくし、俗にいう 『おばちゃん』 ですのよ」
「何おっしゃってるんですか、まだまだお若いですよ! これからです、これから」
ルイーゼは知らないが、王太后は、亡き友の娘がいつまでも独り身を貫こうとするのを、それはそれは心配していた。
―――― 実はパトラは密かに、王太后から相談を受けていたのだ。