4-2 . お見合い②
「ほら、見てごらんよ、ルイーゼ。この薄紅の薔薇は、母上のために作られたんだよ」
「ええ、そうでしたわね」
「知っているの? 母上の庭と、この離宮の庭、それに城の温室にしか咲いていないのに……」
「以前のお茶会でマルガリータ様がお話しておられましたわ」
嘘である。
単にこの話を聞くのが2回目だから、知っていただけだ。
―――― 気を付けなければ……
ルイーゼは、自戒を込めて口元をきゅっと軽く結んだ。
前の人生の知識をみだりに出しては、怪しまれてしまう。
何かが起こった時に、痛くもない腹をさぐられるのはごめんだ。
しかしリュクス王子のほうは、特に何も気づかなかったようだった。
「母上も、あまり自慢なさらないようにしないと…… ただでさえ、王妃様一派から睨まれているのに」
リュクス王子と亡くなったザクスベルト王子は、異母兄弟だった。
ザクスベルトの母親は王妃、リュクスの母は国王の愛妾、マルガリータである。
もちろん王妃のほうが身分が高いが、ザクスベルトを産んだ後に身体を壊して次の子が望めなくなったため、王宮内での立場は微妙だった。
まだ子を産む可能性があり国王からの寵愛も深いマルガリータのほうが、どちらかといえば勢いのある立場なのだ ―― 当然、王妃派の家臣たちからの心証は、悪い。
そのため、ザクスベルト王子の謀反や処刑には、『魔族の暗躍』 という説だけではなく、『マルガリータの一派が仕組んだことではないか』 との噂さえも、陰で囁かれていた。
(マルガリータ様の自業自得ですけれども、ね)
内心の声を押し隠し、ルイーゼは前の人生のままを装って穏やかに言った。
「マルガリータ様は、よほど、喜んでいらしたのでしょう。小さな自慢など、大したことではございませんわ」
「そうだね」
リュクス王子の顔が、ぱっと明るくなった。
金の髪に空を写したような青い瞳はザクスベルトとは全く違うのに、こういう時の表情はよく似ている。
「ね、ルイーゼも、僕の妃になったら、名を冠した薔薇を作らせるよ。
プリンセス・ルイーゼ…… いや、全部入れた方がいいかな? プリンセス・アンナ・マリア・ルイーゼ…… 「その前に」
リュクスの夢想を、ルイーゼはバッサリと遮った。
前の人生では、「この方、わたくしのような者がお好きなのかしら。それとも、社交辞令…… でしょうね」 などと戸惑いながら聞いたセリフであったが、今、これを最後まで言わせるわけにはいかない。
なぜなら、この後に続くのは 「僕の妃になってくれますか? 政略なんかじゃない。生涯かけて、大切にしますから」 という文言なのだから。
―――― 婚約内定状態の今、直接に求婚までされてしまえば、確実にアウトである。
ルイーゼから断るなど、立場的にできるものではない。
それにそんなことをすれば、目論見が外れて怒り狂った父が何をしでかすか、わからないのだ。
―――― あのセリフは、言われる前に、封じなければ。
「実は、リュクス様にお知らせせねばならぬことが、ございます。…… ご覧くださいませ」
ルイーゼの手が、顔を覆っていたベールをしっかりと掴んで、持ち上げた。
父親からは 「絶対に取るな」 と命じられていたが、知ったことではない。
リュクスは、息をのんだ。
―――― あらわになったベールの下の顔は、真っ赤だった。
火傷のあとのようにただれ、赤いあざとブツブツとした発疹が全体に散らばって、ひどい有り様である。
「今朝、起きてみましたら、こうなっていましたの。どうやら魔族の呪いのようで、一生解けないと……」
嘘である。
明け方こっそり庭のイラクサを摘み、顔に細かいトゲを思いっきり刺したのだ。
ザクスベルト王子は 「何もそこまで」 と引いていたが、毒で死ぬ苦しみを思えば顔の痛痒さなど、何でもない。
5日も経てば、たぶん治る。
「お願い申し上げます。婚約は、ほかの方となさってくださいませ。わたくしは、リュクス様の妃にふさわしくはないので、ございます」
―――― 男の女性の判断基準は、容姿と若さ。
と、侍女のパトラは言っていた。
ならば。
ルイーゼがどれほど親しい従妹であろうとも、この顔では、リュクスとて婚約したい、などと思わないだろう。
おそらくは 「すまない」 と謝りながらも、婚約の取り止めを伝えてくれるはず ――――
ルイーゼは、しおらしくうつむいてリュクスの次のセリフを待った…… だが。
それは、いつまで待っても、始まらなかった。
―――― こんなに、演技してるのに。