第一球
0-0
カキンとボールが潰れるような甲高い音が球場内にこだまする。
打ちあがったボールが観客の盛り上がりを示しているかのように、ボールが高くなるにつれて観客の声は大きくなってゆく。
その高く打ち上げられた打球はぐんぐんとバックスクリーンに向かって飛んで行く。
その対空時間は今までに比べてやけに長く感じた。
ぽす、と情けない音を立ててバックスクリーン前のネットに落ちる。
入った。
俺が打った打球が勝利に導いた。
今実況ではこう言っていることであろう「逆転サヨナラホームラン」と。
勝った。
優勝だ。
憧れの甲子園制覇。
全高校球児の夢。
ああ、野球をやっていて良かった。
心の底からそう思った。
これは一つの公立高校が甲子園を優勝する物語である。
1-1
ぶん、とバットが空を切る。
満天の星空の下、河川敷に少年はいた。
何回バットを振っただろうか、そんなどうでもいいことを払うようにまたバットが空を切る。
この高揚を抑えるにはバットを振るしかなかった。
何故なら明日は高校に入って初めての部活動だったからだ。
そこにいたバットを振り続ける少年の足元は、大きな怪物の足跡のようにえぐれていた。
その日の授業はいつにも増して退屈だった。
数学だとか、英語だとか意味の分からないものが耳を右に左に行き来して鬱陶しい。
なんだこの単語は。conversation.....なんて読むんだ?こんばーさしょん?
読めもしない単語に葛藤する中授業が進んでゆく.....気づくと授業は終わっていた。
最初は退屈だった授業も「寝れば直ぐに終わる!」という愚かなことに気が付いた少年の後は言うまでもないであろう。
俺が入学した酉高校は宮城県の高校で大して強くはないが一度だけ甲子園に行ったことのある高校だ。
ほんとは高校こんな高校行きたくなかったのだが、如何せん勉強ができないせいでここにたどり着いてしまったのである。
「ようこそ酉校野球部へ」
野球部に似合わない爽やかイケメンヘアーの先輩が歓迎のあいさつをしてくれた。
爽イケ(爽やかイケメンヘアーの略)の後ろには20人程度の部員が並んでいた。
流石は高校生と言ったところであろう。鍛え上げられた腕、足、胸筋。その中でも特に目立っていたのは足、というよりも下半身だだった。下半身は野球において最も重要だと言っても過言ではないくらい大切であり、その異質に育った下半身を見るだけでどれだけトレーニングしてきたかがわかる。
「じゃ、まず自己紹介からやろうか。出身中学とやってたポジション」
それからと言って「目標も言ってもらおうか」と付け足す。
べただなー。とか思いながらも少し緊張する。別にこういうのは嫌いじゃないのだけれど、やはり実際に堂々と宣言するのは少し緊張するものなのだ。
そう言ってる間にも自己紹介は始まっていた。
「北中出身、岩場健人です。遊撃手やってました。目標は、試合に出ることです!よろしくお願いします。」
うわー。メンタルよわそ。
その後も「試合出れたらいいな」とか「県ベスト8」だとか、ちんけな目標ばっかり上がっていった。まぁ、一般校で野球やる奴なんてそんぐらいの気持ちでやる奴しかいないであろう。
『どうせ強豪校に負けてしまうんだから』そんな言葉を昔のチームメイトが言っていたのを思い出す。
「やっぱ入る高校まちがえたかなぁ」そんな俺の気持ちを代弁するかのように発せられた言葉は、いまここにいる人たち全員に聞こえたであろう。
声の主の方を向いてみると、ヘラヘラしてる金髪の男が立っていた。
いや、金髪!?この高校髪染めるのOKなのは知ってるけど、野球部に金髪はねぇだろ。
「君、名前は?」
爽イケ先輩が明らかに怒気のこもった声で問う。
「英知高校付属中出身、橘豪鬼。ポジションはピッチャー。目標は甲子園優勝。」
そこで周囲がざわつく。
ざわついた理由の一つ目が英知高校付属中の選手がここにいること。二つ目は甲子園優勝という無謀な目標。
「橘君?何で英中の君がここにいるのかい?」
その爽イケ先輩の質問は皆が疑問に思っていることであろうものだった。基本的に英中の野球部は大体そのまま英知高校に進学するはずだからだ。
まさかあぶれた?いや、そんなことはない俺もその名前で思い出したのだが、彼、橘豪鬼とは一度戦ったことがあったのだ。そしてその時の背番号は1。
「いあや、坊主は嫌だったんでねぇ。それに、英高のバカどもをぶっ潰してやりたいと思ったからだよ。」
その後爽イケ先輩は「そうかい」と言って自己紹介のを再開した。
「次、そこの元気そうな子」
「おっす!南中出身、菅原太陽です。目標は、強いチームを全部倒すことです。」
そう言い切った少年の瞳は真っすぐで、しかし、どこか怒気を孕んでいた。
「それはいい目標ですね」と爽イケ先輩がにっこり微笑む。
俺で最後だったのか自己紹介は終わり、そこからは練習メニューの紹介をしてその日の部活は終わった。
「ねぇ、太陽君。」
部活終わりに話しかけてきたのは何とも意外な人物であった。
橘豪鬼
藍色に塗られた空は、沈みかけている太陽によって赤みが侵食していた。
「僕、君のこと覚えてるよ~。中学の時派手にぶちかまされたからネ。」
「英中のエースが俺のこと覚えててくれたなんて光栄だよ。」
「ちっとも光栄そうじゃないね。まぁいいよ。それより、僕と勝負をしないか?」
「勝負?」
「ああ。俺がピッチャーできみがバッターで。」
その時の橘の笑みはとても不気味で、どこまでも暗い瞳は見ていると飲み込まれそうになった。
ふと見上げた空、赤い太陽にかかっている雲は絡みつくようで、太陽の光を大地に届かんとしていた。




