第94話 トラ転王子、過去の亡霊と出会う(4)
アケンドラ帝国最後の帝王。
怠惰、横暴、そして浪費。思いつく限りの悪評を振りまいて帝国の屋台骨を揺るがせた、最悪の支配者。どの史書でもこの人は筆を尽くしてその悪行を並べられている。
曰く、政治を行う気概がない、民を慮ることがない、そのくせ、自分の趣味としている狩猟や遠乗りの時には、近隣の民草を準備に駆り出して酷使し、挙句に何の配慮もせずとほったらかす等々、やりたい放題の我儘帝王だと言われている。
だからこそ、シャスランの氏族をはじめとする高位貴族の連合軍に追い落とされたのだと締めくくられている。
その、あまりの酷評続きに、首を傾げたんだよね。
前世の時に習った歴史でも、支配氏族が変われば以前の支配者はとことん貶められて、やること為す事すべてを極悪人の行為に置き換えられるのは、どの時代でも地域でも変わらない。
こちらの世界でも状況が同じならやってるはずだ。それも大昔じゃない、たかだか20年ほどしかたっていない筈なのに。
もうひとつ、不思議なことにこの人の絵姿がどこにも残っていないんだ。どの史書にも、王室関係の図鑑にさえ見当たらない。今までは、『暴虐王』だったから嫌われて廃棄されたんだろうと思っていたのだけれど・・・あまりの徹底ぶりにうすら寒いものを感じていたのも事実だ。
だから、この人の本当の姿はまったくわからないんだが・・・この様子だと、父さまは何か思うところがあるのかもしれない。
もう一度、人物画を見てみる。
さっきは剣の方に気を取られていたから顔なんて気が付かなかった。改めて見れば、金髪に青い目の王子様そのもの。結構美男子なんだと分かった。
年齢は、そうだな、大体30代後半と言えるんだろう。しっかりした体つきから見ても、武術で鍛えていたのかもしれない。足を肩幅に開いて両手を柄にかけているところは、ちょっとした剣士に見える。史書にあったような、退廃した雰囲気など、どこからも感じられない。
むしろ、ストイックな感じすらする。着ている衣装も豪華ではあるが、ふんぞり返って座っているより、訓練所で剣を振りまわしている方が似合っているような、そんな雰囲気だ。
「コルヴィオス・・・帝王は、余の従兄にあたる。帝王の母が、余の母の姉でな。第四側室にあがっていたが・・・当時の権力闘争で、他の候補者がいなくなった結果、帝王の座に就いたお方だった」
就いたお方・・・?
その言い方だと望んでいたわけじゃない、ような? え?
「本来ならば騎士を目指していたのだが・・・それも叶わなかった」
「父上、では何故『暴虐王』などと呼ばれるのですか?」
ギル兄さまの疑問に大きくため息をつき、
「いや、そう評価される出来事があったのは事実だ。しかし、それ以上に取り返しのつかない事情があったのだ」
それ以上に?
「あの当時、帝国上部は腐り切っておってな。賄賂はもとより権力を濫用して自らの懐を肥やすものが多すぎた。その果てに、次代の帝王の座を自らの血縁に継がそうと、それぞれの皇子皇女を旗頭にして暗躍をやらかしての。まったくつまらん時代だった」
そういいながら、人物画を眺めている父さまはどこか哀しげだった。自分の中のまだ消えない痛みをなぞるような、後悔を含めた何かを思い返しているように見えた。
「コーヴィは、そんな身内に嫌気がさして清算を図ったのだ。上層部から距離を取る貴族たちを取りまとめて証拠を押さえ、一気に粛清した。その過程で、後継者がいなくなってしまったのが誤算だった」
それだけを聞くと、乱暴と言うより正義の大鉈を振るった不遇の帝王、てイメージになるんじゃないのか?
どう考えても、そんな人物が『暴虐王』などと言われることがおかしい。そこにはまだ隠された理由があるんだろう。
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