第79話 トラ転王子、不穏の源に至る(4)
「ば、馬鹿なっ! いくら何でも無謀に過ぎる!」
ギル兄さまが真っ先に反対した。普通ならそうだよなぁ、オレ5歳だし。
「父上も何とか言ってやってください! 能力が発現しているとはいえ、『魔の森』に踏み込む必要がどこにあるんだい!」
「落ち着けギルバード。今は、な」
「父上っ!」
「・・・」
「・・・・・・はい」
父さまに威圧のこもった視線を向けられ、兄さまは小さく答えて腰を下ろした。
そのまましばらく気まずい沈黙が続いた。
兄さまは暴走しかかった感情を抑えようと紅茶を含み、父さまはそのまま瞑目している。
オレ? オレはもう腹を括っているから怖くはない。無いんだが・・・この沈黙は堪えるな~。
父さまが目を開ける。
「ユリウス」
落ち着いた声が呼びかけてくる。
「はい父さま」
「『魔の森』は騎士ですら油断ができぬ危うい場所だ。承知しておるな?」
「はい、覚悟の上です」
「そうか。ならば何も言うまい。そなたに任せよう」
「父上!」
「ありがとうございます」
承諾の返事にギル兄さまは飛び上がり、オレは頭を下げた。
だが、続いた言葉に固まってしまった。
「そうは言ってもひとりで行くことは許さぬ。近衛を何名か、そなたに付けよう。共に行って、共に帰ってまいれ。良いな?」
ギギギと、効果音でも入りそうなくらいこわばった動作で顔を上げると、そこにあるのは施政者ではない、慈愛溢れる父親がいた。
ああ。
オレ、愛されてるんだな。こんなにも。
眼の奥が熱くなり、慌てて瞬きした。ここは泣くところじゃない。
一生懸命に笑顔を作り、返事をした。
「はい、父さま!」
・・・うまくいったかどうか、少々自信がないんだけどね。
*******
「父上、良かったんですか」
王太子がつぶやく。その視線は、扉を見つめたままだ。
「止めようもなかろう。あれほどの決意を見たならば」
椅子に身体を預け、のけぞるように天井を見ていた国王が疲れたように返す。
「選りにもよって『魔の森』とは。本当なんでしょうか、あの情報は」
「世界樹様の言を疑うことは不敬であるぞ?」
「わかってますけどね・・・それでもむかつくんですよ!」
自分に何もできないことを悔やむ長男に、心の中でそっと同意する国王。
「煮凝りに対応するのがあんな小さい子だなどと・・・」
「ユリウスの能力が必要だと判断されたのだろう、世界樹様は」
「・・・どうして、と言ったら駄目なんでしょうね・・・」
うつむいて両手を握りしめる王太子。その肩に手を置き、軽くたたく。
「嘆くのもここまでにしておけ。我らにできることはアレの邪魔をせず、しっかりと守ってやれる近衛をつけてやることだけだ。さ、人選を急ぐぞ」
「わかりました」
やることを見出してようやく気分を変えたのか、王太子が顔を上げる。
普段に戻った長男が書類を広げる傍らで、国王もまた、中断していた仕事を始めるのだった。
*******
「主、何かあったのか?」
執務室から戻る途中、カインに聞かれた。
「そう、だな。ちょっと話をしよう。付き合ってくれ」
進む先を変えて庭園にする。その中ほどにある東屋が目的地だ。
周りを薔薇の生け垣に囲われ、ちょっとした隠れ家的な要素もある。
そこへ入り、カインとミャウにも着席を促す。
「どうしたにゃ、坊ちゃん? 酷く緊張してるにゃ」
「今朝からおかしかったが、原因は陛下か?」
二人からも交互に聞かれる。オレ、そんなにわかりやすい?・・・。
「坊ちゃんは顔に出にゃいけど、雰囲気が暗いにゃ~」
「我が主の変調を見逃す我らだと思うか」
うわ~っ、ストーカー発言いただきましたよ。ははは・・・
それはさておき。ここはきちんと言っておかないといけないな。
「近いうちに『東の魔の森』へ行く。目的はそこにある『瘴気』の煮凝り。オレの能力をもってして、消滅させる。最近の魔物魔獣の増加を食い止めるためだ」
二人は無言で聞き入っている。その表情からは何もわからない。
「父さまからは近衛騎士と行くことで許可が出た。決まったら、オレは『東の魔の森』へ行く」
まだ何も言葉はない。この先を言うにはちょっと覚悟が必要だった。
目を閉じて軽く息を吸い、一気に吐く。
「これが収まれば里帰りとなるだろう。ふたりはその時のために、しっかり白兎族の3人を鍛えてやって・・・」
「そうか」
話してる途中でカインが返答した。いつもならそのような無作法をすることはない。慌てて目を開けると、獰猛な笑みを浮かべる『黒の死神』が目の前にいた。
「ならば、是非とも生きて帰って来ねばな。なあ、ミャウ」
「当ったり前にゃ!」
隣りには『焔の旋風』が目を輝かせている。今にも飛び出しそうな意気込みに、こっちの方が押され気味で。
「え? 二人とも、今の聞いてた?」
思わず間抜けな聞き方をしてしまった。
返ってきたのは、更なる笑み。しかも威圧が上乗せされて、る!?
「我が主。まさか我らを抜きにしようなどと考えてはおられないでしょうな?」
カイン、その聞き方じゃ答えはひとつしか求めてないよね!?
「坊ちゃん。せっかくの楽しみを取る気かにゃ? 久々に大暴れできるにゃ!」
ミャウは暴れる前提かぁっ!?
「「一緒に行く(にゃ)!!」」
あ、これは止められない、な。
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