第76話 トラ転王子、不穏の源に至る(1)
訓練場では情けない悲鳴を上げている3人だが、優秀なベビーシッターではあるようで、天使たちの世話は完璧にやってのけている。ミリィとフラウの負担が減って、二人の眼から隈が消えたのは喜ばしいことだと思う。母さまも様子を見ているし、勘気が解けるのもそう遠くない、とは思うのだが。
いかんせん、武術はそう簡単に伸びるもんじゃない。
ピクはサバイバルナイフの大型、ミクはバグ・ナク。リクは吹き矢で、3人ともに鞭をサブウェポンとしている。まさに忍者そのものの装備だが、ミャウに言わせるとまだまだ練度が低いらしい。
そこの水準をあげようと、毎日の訓練場通いが続いている。3人にとっては地獄のシゴキ、なんだそうだ。
それが終わると今度はカインによる礼儀作法の叩き込み。これまた精神修養に近いスパルタ式で、見ているこっちも地味に心が痛い。
「そこ、ミク! 背筋が曲がってるぞ(ピシッ)。リクは頭が揺らいでるな。眠気でも出たか? 一発喰らっとけ(ビシッ)。ついでにピク! だらけるんじゃない(ビシッ)!」
「「「は、はいぃぃぃ~~~・・・・・・」」」
「返事は短く! はっきりしろっ!」
「「「はいっ!!!」」」
「傭兵部隊って本当にすごいのねぇ。軍隊並じゃないかしら、ねぇユリウス?」
「はい、そうですね・・・母さま」
(母さまが考える以上に凄いと思うけどな)
なんか遠い目になりそうな気分で見ているオレだった。
弟妹たちが生まれてからそろそろ半年を過ぎる。本来なら里帰りする時期なんだが、どうするんだろう。
というのも、魔物魔獣の被害があちこちで発生してきていて、そのため騎士団を求める要請がひっきりなしに届けられてくるためだ。
これだけ頻発すると、辺境地域へ無事に着けるのか不安に思える。
オレだけでなく、カインやミャウも反対する。彼らのカンにも触るものがあるんだろうな。
何より、オレ達が討伐から抜けると戦力が大きくダウンするんだそうな。
『ユリウスたちの力って大きいんだよ?』こっそりとギル兄さまが耳打ちしてくれたけど・・・それはそれでうれしいけどさ! まぁた睨んでくるんだよ、あのイヤミ軍団が。
なら、自分たちだって討伐に参加すりゃいいのに。それをやらないでおいて、戻ってきたオレ達に絡むんだぜ? まったく、何がしたいんだか良く判らんな。
いずれにせよ、どこかのタイミングで里帰りはすることとなる。その時のために、白兎族3人の実力をあげておくべきだ、とカインもミャウも考えている。それが地獄のシゴキとなっているんだが。
それより先に事態が動いてしまった。
(・・・『流れ人』の魂持つ者よ、聞こえるか?・・・)
「うぉっ!?」
それは突然聞こえた。一日の終わり、湯浴みも済んであとは寝るだけとなった、数少ない独りきりの時間に、頭の芯を揺らすような音のない音が響く。
「これは念話、か。(ユグじい、か?)」
(おお、繋がったか。とりあえずは息災のようだのう)
(まあね。何とかやってるよ。それより・・・何かあった、みたいだな?)
通常の会話と違い、念話には感情の揺れが反映される。どれほど取り繕って言葉を紡ごうが、その背後にある想いが内情を赤裸々に訴えてくる。
ゆったりしたユグじいの言葉の裏には焦りが潜んでいた。
(ふう。やはり念話では嘘をつけぬな。おぬしの言うとおり、少々マズい事態となっておる)
(マズい、とは?)
(・・・お主の、≪魔力喰らい≫の能力が必要なのじゃ)
(・・・・・・)
(最近魔獣の発生が増えてきておるじゃろう? )
(ああ、確かに。オレも含めて総員で対処しているが、かなりひどくなってきている。ひょっとして、その原因がわかってるのか?)
(うむ。おそらくは、な)
えらく慎重な言い方だな。
(『瘴気』の煮凝り・・・今回の魔獣発生もそれが元で、の)
(・・・・・・)
(場所は王都から見て東の位置にある『魔の森』じゃ。その奥に、ある)
(・・・・・・)
(以前から気にはしていたが、ここ2~3年で急激に膨れ上がってきおった。ここで何とかせねばこれから先がおかしゅうなる・・・)
(ユグじい。うじうじしてないで早く言ったらどうだ)
(・・・何の事かな)
(さっきも言ったろ。念話で嘘はつけないって。隠してる気配丸わかりだから)
(やはり、の。・・・正直に言おう。『魔王』が現れた、かもしれん)
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