第71話 トラ転王子、パーティに出る(8)
後日、副団長がやってきた。
部屋に通されたとき、片膝をついて深く頭を下げたまま謝罪から始めたのには驚いた。
「お目通りを許されましたこと誠に恐縮の極みでござる。某、トルカイム騎士団にて副団長を拝命しておりますイシュル・フェルミートスと申しまする。先日の魔物騒動に駆けつける際、第8王子様ならびに第四側室様方に多大なご無礼を働きました事につきまして、深くお詫び申し上げまする」
その丁重な挨拶にはどう対応したらいいんだろう。母さまの方を見ると軽くうなずいたので、オレが答えないといけないんだと分かった。
で、背を伸ばして度胸を据える。(オレは王族、オレは王族)と唱えてから
「謝罪は受け取った。頭をあげてくれ、イシュル副団長」
この物言い、やっぱ慣れないな。
「は。ありがたき幸せにございまする。つきましては、あの折りの無礼に対し、処罰を頂戴いたしまする」
こいつはまた、極めつけの石頭のようだ。いや、真面目でいいんだけどね。
「処罰などはない。謝罪で十分だ」
「し、しかし! あの時の我らの対応は、即刻命を差し出せと言われてもおかしくないほどの不敬でございました! それを、それを無しにされるとは!」
「その場で伝えたはずだ。『危急の場合故、見逃そう』と。それがすべてだ。それ以上言い募ることは許さん」
「っ! は、はっ、失礼仕りました。お言葉に逆らうようなことを申し上げました! 平に、ひらにご容赦をっ!」
「それを踏まえてあえて言おう。この頃の魔物魔獣の動きがおかしい。麾下の騎士たちの鍛錬がやや足りぬように思う。早急に対応されるが良かろう」
これが精いっぱいの助言なんだよな。これ以上言うと叱責になってしまうし、他の領の騎士に叱責や処罰なんて、もめ事を引き起こすだけじゃんか。
イシュルは顔をあげてオレを見る。
「恐れながらお伺いいたします。その、魔物魔獣がおかしいとはいかなる意味合いでございましょうや」
こいつはおかしい。魔獣被害が増えてきたことは各地からの報告でも上がってきているし、イレギュラーな動きもちらほら見えてきているのは分かっているはず。なのに、トルカイム領ではそれが無い、とでも?
どこかで情報が遮断されている、もしくは無視している、のか。
「そうか。貴殿が覚えのない事なら聞き流してくれ。これは私が魔獣討伐で感じたことなのだが、トルカイム領は平穏であると思おう」
「あ、あの、再度の問いかけをお許しくだされ。で、殿下ご自身で魔獣の討伐を行っておられると、そうおっしゃったので?」
「ああ。私は能力が発現しており、『試練の洞窟』も終了している。それ故、陛下からも討伐の許可を得ている」
「な、なんと! さようでございましたか。ご質問にお答えくださり、深く感謝いたしまする。魔物魔獣についてはさておき、兵の鍛錬につきましては再度考慮させていただきまする」
「そうしてもらえるとありがたい。余計な口出しではあるが、トルカイム領の平和に努めてくれ」
「重ねてお言葉を賜り、感謝仕りまする。これにて、御前失礼いたしまする」
深く頭を下げたまま、扉まで後ずさり、そのまま出ていった。あんな退出ってあったっけ?
「あらあらまあまあ、ユリウスったら、陛下並みの尊敬を受けたみたいね」
「は? 母さま、それってどういうことですか?」
振り返って聞くと、
「今の退出ってね、帝国時代の陛下への参内方法に書いてあるのよ。顔を上げることなく膝立ちで後ずさりして出口まで到達、そのあと平伏して出る、これが一連の流れなの。最後は省略したようだけど」
笑顔でとんでもないことをぶっこんでくれた。
何やってくれちゃってんの、あの副団長!?
開いた口が塞がらないオレに護衛達が爆笑する。ミリィもフラウも口元を抑えているし、天使たちまでもきゃいきゃいと騒いでいる。オレ、皆にいじられてる?
がっくりうなだれたオレを母さまが抱きしめてくれた。
「笑ってごめんなさいね。でも、今のやり取りで母さまは貴方を誇りに思ったわ。立派になってくれたわね、ユリウス」
「母さま・・・」
「あの答弁で何か言ってくるなら、それは情勢を見ていないって事よ。胸を張りなさいユリウス。あなたは間違ったことをしていないのだから」
「はい、母さま!」
やったーっ、母さまに褒められた! 顔が緩んでくるのを止められないっ!
「坊ちゃん嬉しそうだにゃ」
「あれが普通だ。普段が腹黒すぎなだけだ」
「そうだにゃ」
お前ら、今度厳しい訓練課しちゃるからな~~っ!




