第53話 トラ転王子 外伝(2)
王都の東、トライバルの街。ここに在る冒険者ギルドの酒場では、今、ある話題で盛り上がっていた。
「そんな馬鹿な話があるもんけぇ。たった5~6歳の男の子がタイラントボアをやっつけただぁ? 法螺を吹くのも大概にしやがれ!」
気炎を吐くのは大柄な巨人族の冒険者。体格に似合ったどでかい鉞を背に括り付けてエールのジョッキを手にしている。邪魔にはなるが、本人がいるのは酒場の隅の角っこであるため、半ば黙認状態だ。
対するのは同じ巨人族の男。だが彼は得物を置いてきたようで、そう邪魔にはなっていない。
「そうは言うがよ、出会ったのは『ファリシティ』の二人だ。フロントにしろ、ガイアスにしろ、そんなごまかしを言う奴らじゃねぇ。それに、タイラントボアをやっつけたのが自分たちだと吹聴した方が今後の仕事で有利になるってぇのに、わざわざそう言っているのは事実だと思うがな」
「それでもだ、俺様は信じられん! 実際に見るまでは無理だ!」
「めんどくさい奴だな、おめぇも」
「ほっとけ!」
「でもよ、この頃魔獣が増えてきたのは事実だよな。あっちこっちでそういう情報が出回るようになってきたしよぅ」
隣のテーブルで飲んでいた冒険者が愚痴るようにつぶやく。
「ああ、まったくだ。その分、おれたちの稼ぎ時ではあるがな」
相方が受ける。
「怪我しねぇようにある程度の人数で移動するしか方法がないんかな」
「それでもリスクはあるぜ。相手によっては人数が多いと身動きとれんし」
「それはその時の運じゃねぇか」
「運で片づけられるほど、オイラの命は安くねぇんだよ」
「そのエール一杯分てか?」
「違いない!」
どっと酒場が盛り上がる。良くも悪くも冒険者はその日暮らしが多い。一日過酷な修羅場を経て、夜に酒場でそのストレスを癒やす。そのサイクルで生きていた。
と、何かに気づいたように入口で声が上がる。
「お~い、噂の『ファリシティ』じゃねぇか。話聞かせてくれよ」
その呼びかけに酒場にいる者の視線が一点に集まる。今しがた入ってきた二人とも、その視線の多さにいささか辟易して足が止まってしまっていた。
「おう、野郎ども。せっかくのエールを不味くするんじゃねぇよ。お二人さん、こっち来な」
その中で呼びかけたのは酒場の親父だ。周りを少し詰めさせて作ったカウンター席へ誘導する。
「助かった親父さん」
「すまん、恩に着る」
「いいって事よ。今日のおすすめはボア肉の煮込みとシャリフコークの手羽先サラダだ。エールをつけるぜ」
「それで頼む」
「ああ、ありがたい」
二人の登場で期待感があったものの、親父さんに止められてまで話を聞こうとする者はいない。
とくにここ、トライバルの街では。
だが、どこにも空気の読めないお調子者は居る。
「お前らか、タイラントボアをやっつけたって噂の二人組は」
食事も半ばまで進んだところで、後ろからの声に振り返る。
「あんな化け物、どうやって退治したんだ? 参考までに聞きたいんだが」
にやけた笑いを張り付けた男が仲間を引き連れて立っていた。見たことのない顔ぶれで、今しがた街に着いたようだった。誰もが小馬鹿にした表情でこちらを見ている。
「・・・経緯はギルドに伝えてある。そちらで聞いてくれ」
ガイアスはそう答え、食事に向き直る。
「それと、退治したのはオレ達じゃない。間違いだ」
フロントに至っては返事もせずにかっ込んでいる。だが、
「へえ、でもよ、当事者から聞きたくてここまで来たんだ。教えろよ」
「断る」
絡んでくる物言いにきっぱりと言い渡し、それ以上は見もしない。
「どうしてだよ? そんなにまずいことでもやったってのかい、あんたらは? よほど人に言えないことだったみてぇだな?」
「親父さん、うまかった。勘定だ」
言い募ってくる声に関わらず、食事を終えて席を立つ。やや遅れてフロントもエールのカップを置いて立ち上がった。
「お、おい、逃げる気か? 答えもしないで」
「あんたら、聞いてなかったのか? 詳細はギルドで聞いて来いよ」
きっとにらみつけると、威圧が発動したのかややひるんだ男たち。
「言わないのは仔細があるってことだ。自分で確かめてこい」
両手斧を相手の前に突き出し、フロントが凄む。そのまま男たちを放置して二人は酒場を出ていった。
「ふんっ、何を偉そうにしてやがるんだ! どうせズルをしたんだろうに」
「おい、お前さんたち」
照れ隠しに悪態をついた男だったが、呼びかけられて振り向けば。
「っ!!」
目の前に突き付けられた大型の包丁に言葉を失くした。
「ここで諍いを起こした奴は出入り禁止だ。今後お前さんたちは受け付けない。さっさと街を出ていきな」
酒場の親父が無表情で宣言してきた。
この街で一番強いのは酒場の親父。その機嫌を損ねた男たちが放り出されるまであと1分。
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