第51話 トラ転王子、あの日の真実を知る(7)
「ラルフィは年に似合わぬ賢さがあって、この地下にある『転移魔法陣』のことも気が付いておった。あ奴が魔力の感知に長けていたことがその発見に結び付いたやも知れぬな」
「多分、そうです。ラル兄さまの感知はすごかったですから」
「薬草採取の当日、あ奴は魔法陣の部屋まで潜り込んできた。当時の状況から考えると、前日に入り込んで隠れておったのであろう。そして、騎士団が転移する直前にひとり飛び込んでいきおった・・・」
あの時の光景は忘れられぬ、と、父さまは眉を曇らせた。鍛えぬいた騎士たちでさえ、『魔の森』での活動には死を覚悟して赴かねばならないほど。そんな危険な場所に通じる転移陣へ、幼い子供がわき目も振らずに飛び込んでいったのだ。
すぐさま助けようと動いた騎士たちであったが・・・予想外の事が起きた。
それが『瘴気』の発生だった。
「あの時、飛び込んだラルフィの姿がいったん転移され、そして再度陣の上に現れた。黒い靄に絡みつかれて声も出せずに苦しむあれの姿がな・・・」
あまりに悲惨な光景に誰もが立ちすくんだという。
現れた姿は奇妙に歪み、途切れ、さながら水の中に揺らめく草のように映った、らしい。
「実体、ではなかったのだろうな。映像と言ったものに近かった。それだけに、手を出すことも叶わず、ただただ見ていることしかできなかった」
その時を思い出したのか、父さまの拳が握りしめられた。
「時間にして2分ほどであろうか。やがて姿が消えた。その後騎士団を送って探させたが、ラルフィを見つけることは出来なんだ」
父さまが口をつぐむと、沈黙が場を支配した。
「もう一度聞かせてくれぬか。『瘴気』の大元はいかなるモノがあったのだ」
すぐさまカインがオレの横に来て跪き、答える。
「人骨が一組と服の切れ端、それとお持ちしたモノがすべてでございます」
「持ってきたモノをもう一度ここへ」
その言葉に従い、布ごとテーブルの上に置く。
父さまがそっと布を取り払い、再びあらわれた、それ。
「ついていた石が無くなってはいるが・・・これはラルフィが1歳の時、余が与えたものに相違ない。健やかな生を願い、教会で聖別してもらったのでな」
だからこそ、『魔の森』の『瘴気』に晒されながらも残っていたのであろう、と。手の中に握りしめ、飽かず眺める父さまの瞳には悔いがあった。
「でも、今回の『瘴気』の大元は、魔法陣からそう離れてはいなかった、そうだよねカイン?」
ふと疑問に思い、横に控える護衛に尋ねる。
「そうだな。それがどうかしたか、主」
「ラル兄さまが消えた後すぐに騎士団が追いかけて、でも兄さまは居なかった。そんなに近くにいたのに、見えなかった、なんてことはないよね?」
「ああ、そうか。主、『瘴気』は感情の大元を抱えたまま、移動する。時には大陸を横切って何百キロメルトルも、だ。その抱えるモノが大きければ大きいほど、移動距離は長く遠く、何年も移動し続けると言われている。その理由は定かではないが、大元の過去にある執着心や願い、最も強い想いが動かすのだろうと学者の間ではささやかれているな」
「そうなんだ・・・」
セレネ様の力になりたいと笑っていたラル兄さまが最後に願った事は何だろう。
何を願い、求めたのかはわからない。けれど、ひとつだけわかっている。
どれほど求めても、死んだならそこで道は絶たれてしまう。何をするにも願うにも、生きてこそじゃないか。
「ラル兄さま。一緒に、あの木の前に行きたかったよ・・・」
不意に目の前がぼやける。泣くもんかと目をつむれば、在りし日のラル兄さまが浮かんだ。
酷いよ兄さま。そんなに早く逝っちゃうなんて。
オレ、『試練の洞窟』済ませたんだよ? 兄さまならきっともっと早く行ったよね。
今なら色々兄さまの力になれたかもしれないのに。兄さまの心に添えたかもしれないのに。
オレ、あの時の兄さまから受けた恩、返してないよ。
どうしてくれるのかな。
そうして堪えていたら。
身体を抱え上げられ、抱きしめられた。驚いて目を開けると、父さまの膝の上だった。
「と、」
「済まぬ。己の不甲斐なさに囚われて、そなたの悲しみに気づいてやれなんだ。ラルフィとそなたがそれほど深くかかわっていた事すら知らず、寂しい思いをさせてしまったのだな。余では代わりにならぬが、こうしていよう。胸にためたものを吐き出すのだ」
「・・・っ! もう、一度、ラル兄さまに、会いたかったっ! あって、ありがとう、って、言いたかった、のにっ!!」
背中を抱かれ、暖かな胸に引き寄せられたら、もう我慢できなかった。こんな大泣きするなんて、と心の片隅では思うものの、決壊した想いと激情は止まらなかった。
そのまましばらく、オレはわんわん泣いてしまったんだ。
読んでいただき、ありがとうございます!




