第44話 トラ転王子、メランコリックになる?(6)
へこんでいるオレをいじり倒してから、
「主。ラルフィ様の事は陛下に聞くとして。セレネ様はいかがか?」
「あ、そうにゃ! セレネ様は助かってるんかにゃ?」
こいつらも判ってるんだろう。オレを必要以上に落ち込ませないように、と。
「ああ、大丈夫だ。何やかんやと邪魔は入ったみたいだけど、薬草が間に合ったんだ。随分きわどかったとは聞いたな」
「それはよかったにゃ!」
「だが、ラルフィ様が不在であることをどうされたのか・・・」
カインもそう思うよな。でも、あれはな~。
「我が主? 何事かお隠しでは?」
どうしてそんなことに気づくんだっ!
「ん~。薬がかなりぎりぎりだったって今言ったよな? セレネ様の病状は本当に危なかったらしい。何とか薬が効いて意識が戻った時、ラル兄さまがいないことに気づいて・・・」
『ラル!? ラルフィ!? わたくしのラルフィはどこっ!? あなたたち、ラルフィをどこにやったのっ!!』
「かなりの錯乱状態で暴れたものだから、宮廷侍医が鎮静剤を投与したんだ。強い物じゃなかったって言ってたけど、身体の弱ったセレネ様には効きすぎちゃって」
「効きすぎて?」
「記憶が飛んだんだ。それも結構な部分で」
「記憶がとんだぁ!?」
「それはよほどの薬を使ったとしか思えぬ状態だが」
「薬が悪いなら父さまが咎めているはずだ。それが無いって事はセレネ様の体調に問題があったんだと思う」
「た、確かにそうにゃ。じゃ、セレネ様はどうしてるにゃ?」
「一人であの屋敷に住んでるよ。ラル兄さまの乳母だった侍女が付いてる」
「・・・・・・」
「記憶はかなりあいまいなまま、戻っていないらしい。ラル兄さまは勉強のため、留学中だと思い込んでいる。5歳で離れることに疑問を抱いていないのかどうなのか良く判らないんだ」
オレは長い話を締めくくるために立ち上がった。
「あの流行病の後、ラル兄さまは居なくなった。宮廷の中でもラル兄さまやセレネ様の事を話すこと自体がタブーみたいになっていて、オレも今まで目を背けていたようだ。父さまに聞いて、これからの対処を考えよう」
「それが良いにゃ。坊ちゃんはそれくらいの覇気がないとにゃ」
「我が主らしくない」
二人にからかわれながら丘を下りようと向きを変えたところで。
「あら? ラルフィ? ラルフィなの?」
細く高い声に足が止まった。
それは不意打ちのように出てきた。
金色の細く長い髪。
夢見るような淡い紫の瞳。日に焼けたことのない、白くほっそりした肢体。
パラソルすらもその手には重そうに見える。
透明な羽がその背に在ってもおかしくないような容姿のその女性は。
「セレネ、様」
今の今まで話題にしていた本人が、目の前にいた。
その妖精は目を輝かせてオレのもとにやってきた。
「ラルフィ、やっと戻ったのね。待っていたのよ」
そう言ってオレのほほに手を伸ばしてくる。
「ちがいます、ユリウスです、セレネ様」
「え? ゆりうす・・・?」
「はい。ラル兄さまの弟、ユリウスです。お久しぶりです」
「ゆりうす・・・ユリウス・・・?」
首を傾げ、しきりに思い出そうとするセレネ様。その様子は痛々しく映る。
「ユリウス。ああそうね、思い出したわ。ラルフィとよく遊んでいたユリウスね?」
「そうです。お身体はいかがですか、セレネ様?」
「今日はすごく気持ちがいいの。ナリスに無理言ってここまで来たのは・・・」
そこまで言うと視線をさまよわせる。
「ラルフィがここに居ると思っていたのだけれど、違ったのね」
「奥様、そろそろ戻りましょう。お薬の時間です」
傍についていた侍女が手を取り、輿の方へ誘導する。
丘の下に、下働きの男たちが控えている。その真ん中に置いてある椅子に腰を下ろすと、男たちが息を合わせて持ち上げ、ゆっくりと進みだした。
「失礼いたしましたユリウス様」
その様子を見るともなく見ていたオレに、侍女が声をかけてきた。茶色の髪の落ち着いた雰囲気を持った小柄な女性だった。
「ナリス、だったな。セレネ様をよく見てあげてくれ」
「丁寧なお言葉に感謝いたします。それでは御前失礼いたします」
深々と頭を下げ、身をひるがえす。
輿の上で金色の髪が風になびき、午後の陽射しに輝く。
草の草原を渡っていく一団がまるで物語の一場面のように見えた。
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