第30話 トラ転王子、画策する(3)
「で、そのほかには?」
「いえ、以上です」
そう告げると、ギル兄さまはひとつ頷き、横を向く。隣でペンを走らせていた文官が紙をまとめて差し出してくるのを受け取り、仔細らしくめくりながら確認する振りをしている。
本来、兄さまはこれくらいのやり取りなんてメモを見る必要もない。王太子としての教育の一環でもあるのか、とてつもない記憶力を持っているのだ。
だから、紙を眺めているのは単に格好づけだ。
裁判官役、というのが気に入ったのかもしれない。
それともうひとつ。多分野次馬・・・いや、傍聴人確保のためかな。
ここは王宮でも比較的静かなエリアだけど、通る人はいる。
文官、武官、侍従に侍女やメイド。洗濯場と厨房も近いから下女やらコックも混じってる。そういった人たちが通行できずに両側にたまりだしていた。
本当に重要な用事がある人達は横にそれていくんだけど、そうじゃなければ、ねぇ?
第4王子と第8王子が対立して、間に立つのが王太子。
何をやっているのか何が始まるのか、期待してもおかしくないよな。
ギル兄さまの思惑にハマっているような気がするけど。
生温い笑みを浮かべていたら、
「うん。内容は理解できた。では一度、双方の申し立てを確認しよう」
兄さま・・・絶好調だ。途中参加の傍聴人にも分かるように、わざわざ解説してくれるみたい。
「まずは第4王子ダリッド。この場において第8王子ユリウスと遭遇、睨まれてケンカを売られた、と。『試練』の偽紋章を見せられ、注意したら馬鹿にされて煽られた。おまけに突き飛ばされてけがをした。以上で相違ないか?」
「はい、その通りです! 間違いありません!」
あややや。そんな簡単に認めていいのか、ダリッド。
「あいつ馬鹿にゃ。プププ」
「口を開くなミャウ。俺も我慢できん」
お~い、後ろでこそこそやり取りするんじゃない、二人とも。
「次、第8王子ユリウス。この場において第4王子ダリッドと遭遇、左側に寄っていたら『退け』と言われ、『試練』の紋章をイカサマだと罵られた。挙句に殴りかかられて回避したところ、独りで転んですりむいた、それを怪我させたと言われている。以上で相違ないか?」
「はい、その通りですが、少し付け加えたく思います」
「うん、許そう」
「ありがとうございます。第4王子はボクを≪無能≫だと言い、『試練』も嘘だとしか言わないので陛下に確認するよう伝えたんですが、聞き入れてもらえませんでした。このことも併せてお願いします」
父さまへも聞かずに騒ぐなんてこいつホントにアホだ。その代償はしっかり償ってもらう。
「なるほど。この一文を付け加えよう。他にはないか、双方ともに」
「ありません!」
「十分です」
「結論を出す前に尋ねる。双方とも痛み分けとしてこの場を立ち去ることも可能であるが、どうだ」
「いえっ、引きません。はっきり結論を出してください!」
ダリッド、自分で逃げ道塞いでどうするよ。
ここまで来たら引き返せないぞ?
「そうか。ユリウス君はどうだ?」
「ボクはどっちでも構いません。このまま引いても問題ないです」
「貴様、逃げる気かっ」「臆病者め」「やはり≪無能≫は役に立たん腰抜けだ」「さっさと居なくなればいいのに」「王族の面汚しだ」「ダリッド様に楯突くなどこの間抜けめ」
あんたら、言いたい放題だけど。ここ、簡易法廷だよ、分かってるの?
「静かに。許可のない発言は私への侮辱とみなす。さっきも言ったはずだが忘れたのか?」
ほれみろ、注意された。おまけに兄さまから冷気が漏れてきたじゃないか。
もう一回言っていいかな。オレ知~らないッと。
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