第3話 トラ転王子、回想する
3話目です。
そうなんだ。
今のオレには護衛が居る。それも二人も。
振り向くと、水飲み場の横に影がふたつある。
ひとつは長身の男。濃紺の髪とやや浅黒い肌、その中に光る薄青い瞳がオレを見定めるように見つめている。初対面の時以来、こいつの声は聞いたことがない。
もうひとつ、手にタオルと着替えを持っている獣人族が呆れた顔で並んでいた。
「坊ちゃんの無詠唱にはもう慣れましたけど、規格外ですにゃ、相変わらず」
その言葉を聞き、オレは護衛の来た経緯を思い返した。
能力が発現したことでオレの価値が上がり、護衛をつけることになった。
最初父さまは近衛騎士団から選定するつもりだったようだが、母さまが異議を唱えた。
『まだ幼いですから、大人の近衛騎士には退屈でしょう。ワタクシの実家から護衛に長けた者を呼んでもよろしいでしょうか』
一考したのち、父さまはそれを了承した。魔獣の討伐や治安維持等、近衛騎士団は結構忙しい。王族とはいえ子供のお守りでは騎士たちもやる気がなくなるかもしれない。そんなことも考慮されて、結局は母さまの進言どおりになった。
数日後、二人が王宮にやってきた。え? ふたり? ひとりでいいんでは?
オレが顔じゅうクエスチョンマークにしていると、母さまいわく。『一人ではどうしても死角ができて気疲れもするのよ。複数人ならお互いが注意できて、心の余裕もあるから万一の時には違うわよ。良い事尽くめなんだから!』にっこりと笑顔で言われてしまった。
その裏側に何やら黒いものが見えた気がするのは全力でスルーした。のほほんとしているようでも母さまは貴族の令嬢だと、改めて心に刻み付けた瞬間でした。
で、気を取り直して前を向く。新顔の2人は部屋に入った時から片膝立ちで下を向き、身に着けていた武器を腰の後ろへ回したまま微動だにしない。終始無言のまま控えていることといい、貴人を前にして害意のないことを示す姿勢といい、良く訓練されているようだ。
「ワタクシの実家、ノードス家にお願いしてきてもらったわ。あそこは元々傭兵を鍛えているところだからちょうどよかったの。さ、貴方たち、顔をあげて名乗ってちょうだい」
母さまからの声に対し、ひとりがゆっくりと面を上げる。
「お初にお目にかかります。手前の名はカイン・ヴェルガ、ハヴィシャル辺境地域統括のマーグィン・ノードス領主様より、第三側室ミケイラ様の第一子ユリウス・シャスラン様の護衛の任を直に拝命仕りました。こちらがその任命状にございます」
懐から何重にも包まれた物をそばのミリィに渡す。ゆっくりと確認しながら包みをほどき、折り畳まれた紙を開いて母さまに提示した。
さっと文面に目を通し、母さまは頷く。
「間違いないわね。ちなみにあなたの前の所属は何かしら?」
「黒の傭兵隊第3部隊、右翼2番の切り込み副隊長を命じられておりました」
ひええぇぇっっ、く、黒の傭兵部隊ぃぃっ!?
それだけで内心冷や汗をかいていたが、
「まあ、いい人を選んでくれたのね。そちらの人は?」
母さまはご機嫌でもう一人を促す。
じっとうつむいていたもう一人が顔を上げる。おや・・・
「わ、わた、わたしは、ミャウ・トラスウッドと申します。同じく黒の傭兵隊第2部隊、中央1番の殲滅担当でしゅ!」
あら、この子噛んだよ。本人も自覚して耳が垂れている。
「殲滅担当? 貴方、金虎族ね? 勇猛で果敢な戦士が多いと聞いているわ。よろしくお願いするわね。さあ、ユリウスも声をかけてあげて」
母さまに促されてオレは二人の前に移動した。
「アケンドラ王国の第八王子ユリウス・シャスランだ。此度の要請に応じてくれてうれしく思う。しばらくは勝手が違って苦労するかもしれないが、護衛の件、お願いする」
上から目線の話し方は使いたくないが、今のオレは一応王族。やたらと丁寧にしゃべるのはご法度だ。
幼児言葉にならないよう、ゆっくりと言い切った。良かった、舌を噛んでないぞ!
カイン・ヴェルガの水色の瞳がオレを映し、ほんの一時止まった。
それに違和感を覚えるが、問いただす前に瞳は閉じられて頭が下がる。
「もったいないお言葉を頂戴し、感謝に耐えません。誠心誠意お仕えしますことを誓います」
隣りで金茶の頭も同じように下がる。
「あ、ありがとう、ございますにゃ。わたしも頑張るにゃ」
出来るだけ短編ものと雰囲気を合わせたつもりですが、いかがでしょうか。
読んでくださってありがとうございます!