第22話 トラ転王子、過去と向き合う(2)
「その方の話は母さまからも聞かされたことがある。晩年は庭いじりを趣味になさっていたそうだが」
「仰せの通りです。手前も庭の手入れをされている後ろ姿を、遠目ながら拝見しております」
「ん? カインの家はノードス家の家臣なのか?」
そんな話、聞いてない、よな?
オレが聞き返したら、
「違います。実を申しますと、手前の祖父はシリル様の護衛を務めておりました。その関係で、恐れ多くもノードス領主様の館に出入りが許されている家系であります。家臣となるにはまだ年数が足りませんので」
と、話してくれた。
なるほど、そういうことか。
本来、貴族の家に使える者は身元が確かな人間でなくてはならない。
そりゃそうだろう、身内以外はすべて敵、となる事だってありうるのだから、信頼できるのは長年共に暮らし、裏も表も分かる相手じゃないと無理だよな。
カインの家系はまだそこまで信用されていない、新参者ってわけだ。
「そう言った事情で、シリル様とは多少面識がございました。驚くほどの高齢でありながらも、しっかりした受け答えをなされるお方であられました」
ふむ。母さまから聞いていた姿と大きく違いはないな。
「それで?」
「今からですと7年前、ミケイラ様が嫁がれる1年前に、流行病でお倒れになられました。ご自身も覚悟をされたのでしょうか、顔見知りの者たちに一通りお声を掛けたいとの仰せで、病床までうかがわせていただきました」
カインの祖父母は亡くなっていたため、両親と自分、妹と弟が参じたのだと言う。
父と母が挨拶し、そのあとに自分がシリルの前に出た。
その時、異様なものを感じたそうだ。
「シリル様は手前を見た途端、瞳を大きく見開かれまして、何事かつぶやかれました。そして、手招きで枕元へ呼ばれたのです」
迷ったものの、両親に促されて近づくと名前を聞かれ、細い手でカインの手を握った。
「その時、手の中に薄いものを渡されました。このような渡され方をするのは訳があるのだと思い、何も言わずにその場を失礼しました」
戻ってから見ると、『闇の時刻に、独りで』と走り書きがあったので呼ばれているのだと解釈し、指定の時刻に、お部屋近くまで忍び込んだのだと言う。
カインの隠密は相当のものだ。本気になったなら領主の館でも王城でも問題なく入り込めるだろう。オレは当時の監視体制に内心手を合わせ、続きを待った。
「シリル様は起きておいででした。手前を見て微笑まれ、昼と同じように枕元へ招かれました」
そこには手紙と封をした小包があった。さっき、オレに渡してきたものだ。
そして言ったのだ。『これをあなたの主に渡してほしい』と。
「正直、戸惑いました。手前は傭兵隊に所属する者、固定された主はおりません。しいて言うなら傭兵隊を取りまとめる隊長、もしくは領主様でしょうか」
そのように伝えると、シリルは軽く首を振り。
『今はまだいないのです。後10年以内にはわかるでしょう』と、驚くような発言をしたのだ。
「10年以内? もしやシリル様は予知の力を持っておられたのか?」
「手前もそう考えお聞きしましたが、明言はされませんでした」
『今はこれをあなたに預けます。主と思う方ができたなら、その方にお渡しなさい。それはわたくしの血を引き、そして、同じ≪魔力喰らい≫の能力を持った誰か、のはずです』
「同じ能力・・・そう言われたのだな」
「はい、間違いなく」
『家の者よりもあなたの方が確実でしょう。このままここに置いておけば、王家がすべてを引き上げていきます。そうなれば、いろいろなことが隠されてしまう。この情報は本当に必要とする人の元へ届くようにしなければ』
「そう述べられて、手前に手紙と小包をお預けになられました。その後、容態は持ち直されたものの元のお元気な姿には戻ることなく、お目にかかることも叶わずに儚くなられました」
「そう、か」
「シリル様のお言葉、手前には理解できません。いえ、今でも半信半疑、でおります。ただ、『10年以内に』『主とする方がわかる』、それは間違ってはおりませんでした。ですので」
カインの瞳がオレを貫いた。
「我が主。どうか受け取ってくださいませ」
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