第16話 トラ転王子、『試練の洞窟』に挑む(5)
「ん・・・ここは、どこだ?」
オレは辺りを見回した。
ぼんやりと光る空間、そして音のない場所。
過去の記憶の渦から解放され、今度は現在の状況が抜け落ちてしまった。
「えーと、オレは何だったんだ・・・?」
目をつむって思い出す。
オレは甲斐凪隼人。地球の、日本の高校生だった。
そしてユリウス・シャスラン。アケンドラ王国の第八王子。
カイラス・シャスランの第三側室ミケイラ妃の子。現在5歳。
今は『試練の洞窟』に居る、と。
今の今まで思い出していたのが、前世の最後とそこに至る経緯、だよな。
うん、間違いない。ちゃんと繋がってる。
どうしてこの世界へ来たかは不明だけど、これはな~。
思い出す、なんてものじゃないんだろな。
それにしても。
なんちゅう趣味の悪い『試練』だ。
過去の嫌な記憶を反転させて捏造して。
挙句に自分の死んだときの状況を克明に思い出させるなんて。
ずぇったい、ここの管理者はサドだ。
どっかに監視カメラを仕掛けて楽しんでるんだろう。
そう考えると、今まで抑えていた怒りがムラムラと沸き起こってくる。
そうだ、最初から決めてたじゃないか。一発殴っちゃる、と。
なら、実行あるのみ!
大きく息を吸って、吐いて。
もう一度吸って。
「責任者、出てこい!!」
(ふぉっふぉっふぉっ、元気のええ童じゃのう)
「おぉうっ!」
頭に響く、声。というか、思考?
音を、聞くのではなく視る。そんな感覚。
頭のどこかがむず痒いような、共鳴するような・・・
「テレパシー? それとも念話、かな?」
(ほうほう、幼いのに博識じゃのう。おぬしは・・・ん?)
余裕ぶっていた声(?)のトーンが変わった。
(むむむむ・・・おぬし、歳を違えておるな?)
「どうやってごまかすんだよ、これで」
(おぬしの肉の器は5歳。だが、魂に培われた経験年数はその3倍以上。あり得ぬ。どうやってそこに落ち着いた? その幼児の体を奪ったのか!)
念話(?)に色があるなら、今は真っ赤な怒りに染まっているのだろう。
でも、オレにだってわからない。
「知るかよ。気が付いたらこうだったんだ。却って教えてほしいくらいなんだから」
(なんじゃと?)
「だーかーら。1年前まで≪無能≫だったんだよ。記憶回路が壊れてたんだろうな、前世の死のショックで。それが治って能力が発現したの! あ、そうだ! 今の『試練』で死んだときの事、クッキリはっきり思い出しちまったんだ! 痛かったんだぞこん畜生! せっかく忘れてたのに思い出させやがって!」
轢かれた痛みもそうだけど、振られたショックまで戻ってきたんだ。こっちのダメージの方が半端ない。
(な、そんなことが・・・そうか、おぬし『流れ人』だったんじゃな)
「『流れ人』?って何?」
(文字通り流れてくるのよ。この世界の外から、のう)
穏やかになった声(?)が説明してくる。それによると、通常ひとつの世界にある命の素、魂はそこの中でしか巡らない。命あるものに宿る魂の総数は世界ごとに決められており、むやみに上下することはないそうだ。
だが、中にはその例外もある。
幾つもの世界を巻き込む天変地異に巻き込まれたり騒乱に遭ったり。
ごくたまに開く異次元の隙間に落ち込んだり。
精神的なショックで逃避を強く願うような、そんな要因で魂が世界の狭間に迷い出てしまうんだとか。
(世界の狭間は、いうなれば『無』の空間での。すべてを飲み込み、すべてを有し、すべてを清算する、神の領域と呼ばれておる)
「うわぁ、そんなところ行きたくねぇっ」
そこに行ったら、魂とはいえ無事には済まない。そのため、魂の自己本能とでもいうべきモノが、己の消滅を防ごうと潜り込める世界を求めて動くのだと言う。
そして、運よく入り込めた世界の一部として巡り始める。その魂を有するもの、それが『流れ人』と言われる存在なんだそうだ。
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