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第三話 奇妙な鳥居と道祖神

「おもしろかもんは、なーんて無かばってん」


 彼は謙遜するように言ったが、港から出れば、そこはもうぼくのような輩にとって、好奇心の対象、宝の山のような光景が広がっていた。


「し、親造さん! この川の名前は、なんでしょうか!」


 すぐに目についたのは、海へと流れ込む河川の存在だった。

 海から島の中央にある山へと向かって──違う、逆だ。

 山から海へと向かって、ときに蛇行しながらも流れ続ける川。


 川幅は数メートルと言ったところで、水量も多くはない。

 それでも汽水域になっているのだろう、小さな魚が泳いでいる。


「川の名前? めずらしかことば聞く御仁たい。島のもんでん、ほとんど気にせんようなことじゃ」


 いやいや、そうは言っても気になる。

 現地の人間が気にしないようなことでも、それは地域に根付いているからこそ無頓着になっているだけで、民俗史を紐解く上では重要なことであったりもするからだ。


 例えば、利根川という有名な河川がある。

 利根は古くは利禰と書き、これは冠という意味だった。

 つまり、川の王であるという()()()だったのだ。あるいはアイヌ民族との交流から「ト・ネ・ベツ」、「湖のような川」と呼ばれていたという説もある。


 つまり、名前というのは単なる記号ではなく、その地域の特徴や、そこに住むひとびとの歴史、文化、信仰などと深く関わっているものなのである。


 故に、ぼくとしては訊ねないわけにはいかない。

 物事には必ず、源流となった〝理由〟が存在し、多くのものと繋がっているはずなのだから。


「名前。名前なぁ」


 しかし、親造さんから答えはない。

 一応の舗装がされている道を川沿いに歩きながら、彼はしきりに首を傾げているだけだった。


小流川(おながれがわ)と、呼ばれていたようね」


 返答してくれたのは老爺ではなく、菊璃巫女だった。

 彼女は記憶をたどるようにして何もない虚空へと視線を漂わせながら、ぼくのいくつかの疑問に答えてくれる。


「あちらの山──赫千神社のある藻採山(もどりやま)、その中腹から出た湧き水が、ここまでうねりながら流れているのよ」

「小流川に、藻採山。由来は解りますか? 小川(おがわ)というのは水深の浅さからくるもので、流川(ながれがわ)というのは、どちらかといえば以前に川があった、ということを示すものなんですけど」

「いえ」


 そこで菊璃さんは、親造さんの方を向いた。

 こくりと老爺が頷き、巫女さんは首を傾げる。


「さあ、そこまでは」

「そうですか……萌花くん、キミが調べた範囲では、何か解らなかったかい?」

「えっと、ですね」


 うん。

 我が教え子は取り繕ったようなすまし顔を作ったあと、「たはは……」と、情けない苦笑を浮かべた。


「そのー、郷土史も当たってみたのですが……えっと」

「あぁ、いい。解らなかったんだね?」

「め、面目ないです! でも、なんかビビッと来なくて!」


 前々から思っていたのだが、この教え子は興味が向かないことを調べるのが下手だ。

 若者の未熟さ、好奇心の偏重。是非もないこととはいえ指導が必要だと感じた。

 だとすれば、この調査にぼくが同道したことは、きっと彼女にとってよかったことなのだろう。


「まあ、本土でも調べられることは、乙瀬くんが調べてくれているし、あとでPDFを送るとも言ってくれていたから、心配はないだろうけれどね」

「貝木教室の汚点、超統一災厄学徒(マクスウィル)乙瀬(おつせ)夏乃子(かのこ)先輩に頼る日が来るとは……よよよ……」

「キミ、あれはいわゆる天才だぞ……?」

「天性の災害という意味では、そうでしょうけど」


 ぼく自身、出藍の誉れとまで考えている助手をぞんざいに扱われて、思わずため息をつきそうになる。

 そうしていると、引き攣ったような笑い声が背後から聞こえてきた。

 これまで大人しく着いてきていた思慕くんが、山と港を何度も見比べながら、炭でもかじったような顔をしているのだった。


「思慕くん?」

「いや、おまえも案外、一番気になることを黙っているたちだと思ってな。ショートケーキにのったイチゴは、最後に食べるタイプかい? 待てができるとはエライエライ」


 その侮蔑にも似た言葉に、ハッとなる。


「そ、そうだった! 鬼灯翁! 菊璃巫女! 一番聞きたかったのは、この奇妙な光景です!」


 飛びつくように口を開けば、彼女たちはキョトンとして、


「奇妙な、なに?」

()()()()()()()()()()()()()()!」


 ぼくははっきりと告げた。

 なぜならば──川を挟むようにして、凄まじい数の道祖神と鳥居が、威厳たっぷりに立ち並んでいたからである。



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