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プロフェッサー怪奇学のB級オカルト『怪』体新書 ~ぬっぺふほふの嬰児 11年周期の奇祭~  作者: 雪車町地蔵
第七章 なれば怪奇学を――

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第三話 霧のなかに立つ者は

 本殿は質実剛健な造りをしていたが、もとより防犯を考えたものではなく、侵入すること自体は容易かった。

 そして、本殿に踏み入ってすぐ、ぼくらはご神体を目にすることとなる。


「大岩か。やはりな」


 独りごち、ひとり納得する。

 そこにあったのは、注連縄から紙垂(しで)をたらす、(ふる)く大きな丸岩だった。


 高さはぼくの身長を優に勝り、三メートルはあろうか?

 三〇トンはくだらないだろう大質量が、地面に深々とめり込み、それが木造建築である本殿の中央に位置しているのである。


 一種、異様な光景ではあったが。

 ぼくにとっては、納得しかなかった。


「伊賦夜の地名で行われる天宇受賣命(あまのうずめのみこと)の神楽を奉納される相手。そんなモノは決まっている。同根同源。見立てと代替の産物だ」


 吐き捨てるのと同時に、ぐらりと地面が揺れた。


「地震だっ」

「そ、それより貝木先生、あれをみてくだせぇ……!」


 蛭井女史が指差した方を、ハッと見遣れば、ご神体である巨石と地面の間隙から、モヤモヤと煙のようなものが溢れ出している。

 それが〝霧〟だと解ったときには、本殿の内部は濃霧に充たされてしまっていた。

 そうして、そんな霧の向こうから鈴のような、歌のような声が響く。


「──ええ。やはりあなたは聡明だったようね、貝木教授」


「菊璃巫女……」


 霧の中に、輪郭も曖昧な巫女服の女性が佇んでいる。

 赫千菊璃。

 あまりになにもかもが──表情も、輪郭も、存在感さえも──曖昧だから、本人かどうかすら解らない。

 ただ、何かがそこに〝いる〟ということのみ、ぼくらにはわかる。


「し、死人がなんで……幽霊ですかい!?」


 であるにもかかわらず、この場に居合わせた全員が、彼女を菊璃巫女だと認識したらしい。

 狼狽するぼくらの横で、思慕くんが僅かに表情を険しくするのが解った。

 濃霧のうちにある赫千菊璃……その亡霊のようなモノが、口を開く。


「わたしは、残響のようなモノよ」

「残響?」

「志なかばで散って、本来ならもう、この世には影響を及ぼせないモノ……いいえ、そんなことを説明するのも惜しい。時間がないの。わたしの話を聞いてくださる?」


 彼女の問いかけに、ぼくは頷いた。

 ここまで来て、退くことなど出来ない。


「貝木教授。あなたは真実に近づいている。あなたが予想したとおりこの岩の下は」

黄泉比良坂(よもつひらさか)に繋がっているんですね?」

「──ええ」


 やはり。

 やはり、そうなのか……


「貝木先生、その、よもつなんとかってのは」

「冥府と現世の境目だよ」

「えっと……」

「この国を作った二柱の神、伊弉諾(いざなぎ)伊弉冉(いざなみ)がいた」


 しかし、伊弉冉は死にいたり、黄泉(よもつくに)へと落ちた。

 伊弉諾はそれを迎えに行くが、禁忌を破り鬼たちに追いかけられる。

 なんとかこの世とあの世の境目まで逃げた伊弉諾は、千曳石(ちびきいし)と呼ばれる大岩で黄泉の国の入り口を塞ぎ、この世を生者の国と定義した。


「この、あの世とこの世の境目、黄泉と現世の境界を、黄泉比良坂という。津波境石を覚えているかい?」

「そりゃあ。過去にここまで津波が来たという境目の証しでしょう?」

「黄泉比良坂は、現世──常世の国と彼岸──妣国(ははくに)にして根之堅州国(ねのかたすくに)、黄泉を繋ぐ境目だ」

「はぁ……?」


 いけない、講義の癖で迂遠な表現をしてしまっている。

 要領を得ない様子の蛭井女史に、ぼくは端的に告げてみせた。


「島根県出雲には、伊賦夜なる地名が存在する。そう、この島と同じ名を有するその坂は、黄泉比良坂のモデルあると言われている! つまり、この岩の下には死者の国が広がっているんだ」

「な──なんですって!?」

「そしてその境界は、いま脆く、開かれようとしているわ」


 菊璃巫女が、続けた。


「それは巫女が舞ったから」

「天宇受賣命は天照大御神が岩戸に隠れたとき、舞い踊ることで封印に隙間を空けた。文字通り天と地の違いがあっても、これはそれに見立てた儀式だとぼくは考えた」

「やっぱり、聡明ね。なら、始まりから話しましょう」


 そして、彼女は語り始める。

 ぼくらが先ほど目を通した、縁起の真実を。


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