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プロフェッサー怪奇学のB級オカルト『怪』体新書 ~ぬっぺふほふの嬰児 11年周期の奇祭~  作者: 雪車町地蔵
第七章 なれば怪奇学を――

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第一話 赫千神社、再び


「急いでくだせぇよ、貝木先生。そのタッパは伊達じゃないでしょ!」

「もちろんだけれど、急ぎすぎて見つかっちゃ意味がないじゃないか」

「いいから走れ、稀人。時間が惜しいならな」


 ふたりに急かされながら、ぼくはまた、山を登っていた。

 すでに海岸の拠点は放棄していた。

 目指しているのは、この島の宗教の総本山、赫千神社。


 人目を掻い潜りながら、ぼくらは山道を急ぐ。

 正面の階段を避け、反対側から無理矢理に登山を決行。

 疲労困憊となりながらも、なんとか神社の裏手──ちょうど倉があった辺りに出ること成功する。


「ここに、本当にヨギホトがあるんでしょうね? はっきり言いますけど、敵陣ど真ん中ですよ、これ」


 蛭井女史の訴えはもっともだったが、菊璃巫女や勇魚宮司の言葉が正しければ、いまはまだ敷地内にヨギホトさまの像は安置されているはずなのだ。

 そして、この神社であれだけのものを収蔵できる場所は、この倉しかない。


「なんとかなるかい?」

「こっちは危ない橋も渡るジャーナリストですぜ、このくらいは……なんとか、たぶん。メイビー?」

「頼りないなぁ……」


 自信なさげにしながらも、彼女は倉の錠前へと取り付き、何か奇妙な機具を鍵穴の中へ突き込んで、カチャカチャと動かしはじめた。

 鍵開けだ。


 しかし、彼女のようなスキルを持っている人間がいるなら、萌花くんをウロブネから連れ出せた可能性も高まる。

 そうでなくとも、鬼灯翁は常に鍵を管理しているのだ、マスターキーを作っていてもおかしくはない。


「可能性は皆無だろうがなァ」

「なぜだい、思慕くん」

「ここの奴らにとって、あの場所が神聖不可侵だからだ」

「…………」


 それを言われると反論の余地がない。

 人の心は、理屈で操ることが出来ないものだ。


「それにしても稀人。おまえ、心なしかウキウキしていないか?」

「え? そんなことは……あるけど」

「なんでだよ」

「事件を解き明かせば、萌花くん生存の目が出てくる。それに」


 それに、だ。


「全てを解体し尽くせば、その根底に真怪──本物の怪異があるかもしれないじゃないか」

「…………」


 正直に告げると、彼女はキョトンと目を丸くして。


「くはは、なんだそれ? はは」


 声に出して、笑った。

 それは、このところ全然見ることが出来なかった、ひょっとするとはじめて目にする、穏やかな笑顔だった。


「事件は人の手によるものであって欲しいが、本性は怪異であって欲しい。ああ、おまえらしくていいな、それは。ウン、おれはいいと思う」

「なんだい、含みのある言い方をして」

「ベッツにぃ? おれには見る目があったなァと」

「思慕くんっ」


「乳繰り合ってないで、御二方、開きましたぜ!」


 錠前が、ガチャリと小気味よい音を立てた。蛭井女史がこちらを向く。

 ぼくと思慕くんは頷き合い、扉をすこしばかり押し開ける。

 周囲を確認し、誰にも見られていないことが解ると、そのまま倉の中へと滑り込んだ。


 倉の中は、思ったよりも暗かった。

 まるで闇が凝ったような場所に、しかしだんだんと眼球が慣れはじめる。


 あった。


 不気味なヨギホトさまの像が、そこに鎮座ましましていた。


「貝木先生、いろいろ本とかもおさめられてますぜ?」

「和綴じの本……ここは蔵物庫も兼ねているのかもしれないね。なにか新しいことが解るかもしれない。手分けをしよう。ぼくがヨギホトさまを調べているあいだに」

「合点承知、あたしらは書物を調べるって訳ですね。そいじゃ、何か解り次第合流で」


 言うなり、彼女はもう行動に移っていた。

 思慕くんはしばらく目を閉じてなにかを考えているようだったが、それでも動き出してくれた。

 ぼくは、ヨギホトさまに取り付く。


「ぼくの考えが正しければ、どこかにあるはずなんだ……」


 腹の下に入り、或いは背中によじ登り、あちらこちらをさすったり叩いたり、爪を立てて調べる。

 随分と荒っぽい調査に、僅かに苦笑が湧いた。

 まったく、これは萌花くんには見せられないな。


 そんなことを考えたときだ。

 ヨギホトさまの背中の部分が、『かちり』と音を立てた。


 あった。

 よくよく目をこらした先に、ヨギホトさまの体表がある。

 そこにはうっすらと、眞魚木細工や御霊箱に刻まれたのと同じ、箱根細工に近似した模様が存在したのだ。


 それを慎重に撫でてゆく。

 普通に触っていては、絶対に可動しないだろう部分。けれど、既に三度、ぼくは御霊箱の開封を目にしている。

 同じように模様をなぞり、押して、引いて、そして──


「開いた」


 ゴトリと、ヨギホトさまの一部がくぼんだ。

 くぼみはまるで、取っ手のようであり、ぼくは満身の力を込めて、それを引く。


 ぎ、ぎぎぎ、ぎ……


「やっぱりだ。蛭井さん、思慕くんっ」

「なにかわかりやしたか?」

「ああ、やっぱりだったよ! ヨギホトさまは──」


 ぼくは、目の前にぽっかりと開いた虚空を指差しながら、告げた。


「その内部が、中空になっているんだ!」


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