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第一話 ようこそ怪奇学教室へ

「この貝木(かいき)稀人(まれひと)には理念がある!」


 長崎の中心地にそびえる、翠城(すいじょう)大学民俗学部の研究棟。

 怪奇学教室と揶揄されるその一室に、ぼくの声が響き渡った。


「それ即ち、怪異の実在を証明することだ……!」


 カンカン帽に丸い黒眼鏡。

 上背を覆う白いジャケットに身を包んだぼくは、顔のない赤ん坊の木乃伊(みいら)(パチモン)を腕に抱きながら、熱烈的に宣言した。


 しかし、聴衆から返ってきたのは呆れたようなため息だった。


「先生。そんなことはどうでもいいので、私の論文を読んでください」


 額月(ぬかづき)萌花(もえか)

 卒論の草稿を持ち込んできた、ぼくの数少ない教え子。


 よく日に焼けた肌に、短めの髪。

 アンダーリム眼鏡の下の、理知的な(とび)色の瞳。

 異国情緒溢れる秀麗な顔立ち。

 ショートパンツから伸びる太股はカモシカのごとく優美であり、オーバー・ザ・ハイソックスがむっちりと食い込んでいる。

 夏が近いこともあって上着は薄く、その豊満な胸を隠す役目を果たしてはいない。


「そんなことって言い様はないだろう、萌花くん。これはぼくの出生にまつわる話で、そして人生を賭けるに値する大事業なんだ。噛み砕いた言い方をすればね、キミ。これがぼくの専攻分野(ライフワーク)なんだよ!」

「だから学会で長老級のお歴々になめた口を利いて、結果つまはじきにされるんじゃあないですか。なーにが妖怪は実在するです。エビデンスのない論文なんてゴミ以下ですよ」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 誰の受け売りか知らないが──どうせ乙瀬(おつせ)くんに違いない──随分と悪辣な口を利く。

 ゼミに入ったばかりのころは可愛げのあった彼女も、いまではすっかり歯に衣着せなくなった。それでも丁寧さが消えないのは、恐らく一種の美徳だろう。

 萌花くんは大きく息を吐くと、真っ直ぐにこちらを見つめて言った。


「先生。貝木(かいき)稀人(まれひと)教授。これでも私は、先生に憧れて民俗学を志したんです。お願いですからしっかりしてください。木乃伊と遊んでいる暇はないはずです」

「面と向かって言われると弱いが……しかし萌花くん。こうやってオカルティックな蒐集物(しゅうしゅうぶつ)と戯れる。それも近現代の風俗史を知る上では欠かせないアプローチであるとぼくは愚考したりしなかったりしちゃったりしてだね──」


「いいから黙って私の卒論を読め」


 憧れという言葉から最も縁遠そうな一喝を受けて、ぼくは渋々ながら机上の書類へと視線を落とした。


 あー、えー、なになに?

 『伊賦夜(いぶや)島の来訪神ヨギホトさまと現代河童の共通点について』?

 なるほど、じつに怪奇的だ。


「ところで萌花くん」

「はい、なんでしょうかプロフェッサー怪奇学(かいきがく)


 ……我が教え子は、わざわざ居心地の悪い呼び名を使った。


 三十代で教授へ躍進。

 学会では誰彼構わずに噛みついて、自分ですら奇っ怪としか言い様のないアレゲな発言によって妖怪の実在を熱弁。

 そのくせ結果だけは出してきたぼくは、たいへんなやっかみを受けている。


 これはとにかくソフトな言い方で、もしハードな言い様をするのなら、それは直接的で不名誉な綽名として結実するのであった。


 曰く、この世の怪異を肯定する男。

 曰く、妖怪教授。

 即ち──



 ──プロフェッサー怪奇学と。


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