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春色の思い出

作者: 春野天使

グループ小説第二十三弾「春の旋律」企画参加作品です。

イメージした曲は、メンデルスゾーンの「春の歌」と、ランゲの「花の歌」です。二つの旋律を思い浮かべながら執筆しました。「春の旋律」でキーワード検索すると、他の作者さん方の作品が読めます!

 時は過ぎていく。

 知らない間に何度も季節を塗りかえて、いつの間にか今日が過去になっていく。雪が舞う厳しい寒さは終わりを告げ、暖かな日差しの降りそそぐ春がまためぐってきた。

 私、鈴木比奈すずきひなは、今日中学校を卒業した。同級生達と別れを惜しんだ後、卒業証書を片手に真っ先にこの場所にやってきた。

 海の見える小高い丘の小さな公園。ブランコと滑り台とジャングルジム、そして小さな砂場と鉄棒があるだけの、ほんの小さな空間。訪れるのは小さな子供を連れた母親と小学校の低学年くらいまでの子供たち。住宅街の片隅にある目立たない存在だけど、私には思い出深い公園だった。私も小学校に上がるまでは、毎日のように訪れて、日が暮れるまで夢中で遊んでいた。その公園が、この春取り壊されることになった。

 今、私の目の前で、思い出の遊具達は、大きな音を立てながら次々と撤去されていく。 近所に幼い子供がいなくなり、公園を訪れる人がほとんどいなくなった。私も小学生になってからは滅多に来なくなった。公園は市営住宅になるらしい。

 消えていく公園を見守っているのは、私と公園に一本だけ植えてある桜の木だけ。今、桜のピンク色の蕾は、大きく膨らんでいる。後数日すれば、蕾が弾けて桜の花が咲くだろう。桜の木も遊具と一緒になくなってしまうんだろうか? 桜は花開かないまま、切り倒されてしまうんだろうか?

 丘の上から見える青い海が霞んでいる。それは、春霞のせいだけじゃなくて、私の瞳が霞んできたせい。取り壊される公園を目にしながら、私はいつの間にか涙ぐんでいた。




 ひろ君の姿を最後に見たのは、何年前の春だっただろう?

 宮里洋みやざとひろ君は、家の近所に住んでいた私の幼なじみ。小学生になるまで、毎日のようにこの公園で遊んでいた。洋君は同い年だったけど、私より背が低くて痩せていた。喧嘩して泣くのは、いつも洋君。逆上がりも出来ないし、かけっこもいつも私より遅かった。洋君は私の本当の弟みたいだった。お互い兄弟がいないから、私たちは兄弟のように仲が良かった。

 洋君は、私よりも色が白くて目がパッチリしていて、睫も長い。女の子の私よりずっと可愛かった。洋君は男の子達と遊ぶより、私たち女の子と遊ぶ方が多かった。だから、男の子達からはからかわれたり、意地悪されることも多い。私はいつも洋君を弟みたいにかばって、いじめっ子から守ってあげた。いつもいつも助けるのは私の方。

 だけど、ある時、ちょっとした喧嘩が大きくなって、私は女の子達から仲間はずれにされることがあった。誰も口を聞いてくれなくて、何を言っても無視された。幼稚園児の私が初めて知った孤独。幼稚園に行くのが嫌になって、毎日めそめそしてた。

 そんな時でも、洋君だけは私の側にいてくれた。私が一人で泣いてる時も、洋君は何にも言わないけど、ずっとずっと一緒にいてくれた。その時から、私と洋君は二人きりで公園で遊ぶことが多くなった。


 木枯らしの吹く寒い冬の日も、二つ並んだブランコに乗って、日が暮れるまでずっとブランコを漕いで遊んだ。ほっぺと耳を真っ赤にしながら、一心にブランコを漕いだ。

 丘の上の公園のブランコは、大きく漕ぐと空を飛んでる気分になる。空を飛んで、そのまま海まで行けそうな気がした。キィキィとブランコを軋ませながら、何度も何度も二人でブランコを漕ぐ。冬の空がオレンジ色に変わって、二人の影が長くなっても、時間を忘れて私たちはブランコを漕ぎ続けた。

 洋君と一緒なら、ちっとも寒くない、ちっとも怖くない、ちっとも寂しくなんかない。友達が洋君一人だけになっても、私は平気だった。

「海の向こうには何があるの?」

 ブランコを漕ぎながら、洋君が聞く。

「知らない街があるんだよ」

 私はブランコを大きく揺らす。首に巻いた洋君の青いマフラーが私の横を泳いでいく。

「行ってみたいな」

「一緒に行ってみようよ!」

 ブランコが交差して、隣りの洋君と目が合う。

「うん、約束だよ!」

 洋君は嬉しそうに笑ってた。

 冬の日の温かい思い出。でも、次の日、洋君は風邪をひいて高熱を出してしまった。暗くなって帰って来た私も、両親に酷く叱られた。

 洋君との思い出には、いつも丘の公園がある。小学生になっても洋君とは友達で、公園で遊べると思っていた。

 けれど、海の向こうの知らない街に一緒に行く約束を果たせないまま、洋君は私の元から去って行った。



 公園のたった一本の桜の木に満開の桜の花が咲いた頃。洋君は私の知らない遠い街に引っ越すことになった。一緒に行こうって言ったのに、洋君は私を残して海の向こうに行ってしまう。

 本当は洋君のお父さんの転勤で、洋君には何の罪もないけれど。私はなんだか洋君に裏切られた気がして、とても悲しかった。

 お別れの日。私と洋君はギリギリまで公園で遊んだ。滑り台もジャングルジムもブランコも砂場も、洋君の苦手な鉄棒も、全部遊んだ。洋君は最後まで逆上がりが出来なかった。

 最後は二人でジャングルジムのてっぺんに登って、遠い海を眺めた。あの日も穏やかな春の日で、青い海は白く霞んで見えた。海から吹いてくる風が、満開の桜の花を揺らし、ハラハラと桜の花びらが舞ってくる。

「洋君、またここで一緒に遊ぼうね」

「うん」

「約束だよ」

「うん!」

 洋君は元気に返事した。でも、洋君との約束はあてにならない。この前の約束だって洋君は忘れてる。

「本当に本当に約束だよ」

 私は洋君に小指をつきだして、洋君と指切りした。

「絶対、また会おうね」

「うん」

 洋君は私としっかり指切りをした。洋君の大きな瞳を見つめていると、私はなんだか悲しくなって、涙がぽろぽろ零れてきた。洋君がどこに引っ越すのかも、私は知らなかった。海の向こうの知らない街よりも、ずっとずっと遠い所なのかもしれない。

 今度いつ会えるかも分からない。洋君は私のこと覚えていてくれるだろうか?

 しっかり指切りしたけれど、私はとても不安だった。

「比奈ちゃん、泣かないで」

 私がぽろぽろ涙を零していると、洋君もつられて泣き出した。

「私、泣いてないよ。洋君が泣いてるんだよ」

 私は強がって涙を拭いた。洋君の頭に桜の花びらが舞い降りて来る。ピンク色の小さな花びらは、風に乗ってヒラヒラと空を舞い上がっていく。

 公園に洋君を迎えに車がやってきた。洋君のお父さんとお母さんが車から出てくる。

「比奈ちゃん、バイバイ」

 洋君は指切りを外して、私に笑顔を向ける。ほっぺたを涙で濡らしたまま。

「洋君、待って!」

 洋君がジャングルジムを降りようとした時、私は洋君を呼びとめた。

「この子あげる。洋君と一緒に連れてって」

 私はいつも幼稚園の鞄につけている、お気に入りの小さなうさぎの縫いぐるみを洋君に差し出した。

「ありがとう。大事にするよ」

 洋君はニッコリ笑って、縫いぐるみを受け取った。

「じゃあね、バイバイ」

「バイバイ、洋君」

 洋君はジャングルジムを降りて、お父さんとお母さんの元に駆けて行く。私はジムの上から洋君達を見てる。車に乗る前、洋君は私に手を振った。私も大きく手を振り返す。

 やがて、洋君を乗せた車は出発し、公園を去って行った。また会える、きっと会える。心の中で叫びながら、私は車が見えなくなるまで、ずっとジムの上から見つめていた。

 拭ったはずの涙がまた溢れ出て、車が霞んで見える。優しいはずの春風が冷たく感じられて、淡いピンクの桜の花がとても悲しく目に焼き付いた。




 公園のジャングルジムが壊されていく。洋君と上った思い出のジム。

 また、一緒に遊ぼうって行った約束は、永遠にかなわない。私も洋君ももう小さな子供じゃないけれど、公園の遊具が壊されるのは、思い出が壊されるようで心が痛かった。

 洋君との約束は、やっぱりあてにならない。

 私は卒業証書を握りしめ、唇を噛んだ。海から吹いて来る風はまだ肌寒い。せめて、最後に花を咲かせてあげて。私は、まだ花開かない桜の木を見上げた。





 公園の遊具は全て取り壊され、公園跡は平地になった。思い出のかけらは何一つ残っていないけれど、唯一の救いは、桜の木が切り倒されなかったこと。

 いつの間にか桜の花は開花して、満開の時期を過ぎていた。風に乗って、桜の花びらがハラハラと舞い散っている。

 私は今日から高校生になった。真新しい制服着て、新しい学校に向かう。その途中で丘の公園に立ち寄ってみた。新しい季節と共に、新しい生活が始まる。時は確実に流れていき、私を成長させていく。

私は自転車を漕ぎ、高校へと向かった。



「比奈、おはよ」

「おはよ」

 中学校からの同級生達と新しい高校で再会する。この春で、みんな一回り大人になったような気がする。私も少しは大人になれただろうか? 未だに幼稚園の思い出を引きずってる子供のままではいられない。

「ねぇねぇ、彼、さっきから比奈のこと見てるよ」

 ぼんやりしていると、同級生に声をかけられた。

「え?」

「わぁ、なんかカッコよくない?」

 同級生に冷やかされ、視線の先に目をやる。

「……」

 一瞬、私の中で時間が止まる。彼の姿より、私は彼の鞄に注目した。小さくて少し薄汚れたうさぎの縫いぐるみ。うさぎは、彼の鞄にくっついて小さく揺れている。それは、私が大事にしていたうさぎの縫いぐるみ。十年前の記憶が、一気に甦る。

「洋君……?」

 色白で大きな瞳、長い睫。ニッコリと微笑む眩しい笑顔。

 私の視線の先には、確かに洋君が立っていた。背が伸びて成長した洋君。だけど、その笑顔は昔のまま。春色の季節の中の懐かしい洋君だった。

 校庭の桜の花びらが、風に乗ってハラハラと落ちてくる。一枚の桜の花びらが、あの日のように、洋君の頭の上に落ちてきた。洋君の黒い髪の上で日差しを浴びて、キラキラ光って見えた。

 洋君は、私との約束を守ってくれた! 私は洋君の方へ駆けていく。

 桜舞う春の日。私は洋君と再会した……。               完 












読んで下さってありがとうございました!

なかなか春らしくならなくて、春のイメージが沸かなかったんですが、最近ようやく春めいてきました。桜の花も咲いてます〜

ランゲの「花の歌」は春の曲かどうか分かりませんが、なんとなく春らしい雰囲気がしたので使わせてもらいました。どっちかって言うと、「春の歌」より「花の歌」のイメージが強いです。

作品から、春の柔らかいイメージを感じてくださると嬉しいです。

※パソコンでご覧の方は、表紙からイメージ曲を聴けるようにしてあります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいですね。 なんだか最後は予想できた展開のはずなのに、一瞬こころが浮いたような気になりました。笑 とても春らしくてよかったですよ?
[一言]  ども、近藤です。  作者さんはサービス精神旺盛な方で、それはやはりこういう場で作品を発表するのであれば基本であり当然であり、我が道を行くというよりは要するに大事なところが欠落している近藤に…
2009/05/04 22:57 退会済み
管理
[一言] 企画から来ました、ゆずはらです(^^) 音楽に合った感じですね〜。ほんわか。ちょっと後半急ぎ足なカンジでしたが、春。なかんじで。グーでした。ああ、うん、こういう曲だよね〜、そうそう、と。曲…
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