第九十六話 Can, Can't, Must not
私達避難民はとりあえず水の聖域を離れ、イヌーンド様と近くの集落へとやってきました。恐らく来るであろう下僕とやらに備えつつ、作戦を立てるためです。確かに空の彼方、山の向こうに何やら蠢くモノが見えます。きっとあれがユーデアーラが派遣した下僕達でしょう。
イヌーンド様はそれらを迎撃すべく、空に水を貼り宙を舞い、それらに対し強烈な水流を放ちました。
蠢くモノ達はその水流を浴びた瞬間、何処へともなく消えていきました。
水の魔力の管理者、神という二つ名は伊達ではありません。
さて、少し時間が出来ました。ここで作戦会議と行きましょう。
やるべき事は三つ。
敵が持っているコネクタブルブックを取り戻し、魔王様を解放し、そして敵を倒す。
何れも困難な課題ではあります。
避難していたハイ様にも尋ねましたが、良いアイデアは無いようでした。
「あのような形態は見た事がありません。母星が食べられた時も、あのように融合する事はありませんでした。申し訳ありませんが、何れも解決策が思いつきません。」
という事です。弱りました。
「とりあえず突っ込んでブチのめせばいいのよ!!」
とはサリア様の意見です。却下。
「なんでよ。」
無策で突っ込んだ結果が先日のそれではないですか、と冷静に切り返したところ、彼女は沈黙しました。別に責め立てる意図はありません。ああならないように考えなければならない、という事です。
「あー、そ、そうですねぇ。敵を倒す点については…一つ…案が無くはないです。」
イレント様が手を挙げて口を開きました。
「ワターシが思うに…研究室の…動力炉のプロトタイプを暴走させれば…。」
「ああ、それがありましたね!!」
イレント様の意見にハイ様が同調しました。
詳しく話を聞くと、どうもイレント様が輸送手段を作る上で準備で作った動力炉…魔力を増幅し移動用のエネルギーとして変換するものが魔王城の研究室に置きっ放しになっているようです。それを暴走させて、敵の魔力をエネルギーに変えて爆発させるなり、敵に魔力を吸わせて制御出来る限界を越えさせてやろう、そういう考えのようです。
なるほど、それは一つの手ではあると思いました。敵は既に魔王城を取り込みつつありました。今は完全に同化しているでしょう。逆にそれを利用してやろうというわけです。
しかしそれでも問題になるのは、魔王城にどう入り込み、どのようにして先の二点の課題を実現させるか、という点です。
「やはり正面突破よ!!」
サリア様は無視しましょう。
「…そこはボクがなんとかしよう。」
そう言って立ち上がったのはティア様でした。足が震えています。何かに怯えるように。
「…この世界に、限れば、時間を止める事は出来る。それで奴の元に近づくんだ。」
確かに、それならば邪魔も入りません。
「だけどコネクタブルブックと魔王の肉体は奴が取り込んでいる。それを取り出すには、時間を動かす必要がある。」
そうですね。全てが上手く行くわけではなさそうです。ですが、少なくとも奴の懐まで入り込む策としてはそれしかありますまい。入り込んだ後は、動力炉を稼働させる。…これも危険な賭けではあります。敵の限界を超えなかった場合、奴は更に進化する可能性もあります。
ハイ様が恐怖に震える顔を見せました。無理もありません。彼は母星をデアーラに喰われているのです。それがここでも繰り返されようとしている、否、もっと酷い様相を呈しているのです。
「…ですが他に手はありません。やりましょう。」
私のその言葉に、皆様が頷きました。ある人は恐る恐る、またある人は力強く。ですが成そうとしている事は一つでした。
「サリア様、コネクタブルブックの破壊と魔王様の肉体の回収はお願いします。」
「任せなさい。今度こそデカイのぶっ放してあげるわ。」
彼女はパシッと拳を合わせました。意気込みは十分のようです。
「イレント様はすみませんが同行をお願いします。動力炉とやらの場所が知りたいのです。」
「わ、わかりました。が、頑張ります。」
彼はビクビクとしながらゆっくりと立ち上がりました。
「ティア様、時間の操作はお願いします。」
「…うん、勿論。」
何か躊躇いがちに、しかしハッキリと、彼女は答えて下さいました。
「トンスケ、ハイ様はこちらで警備をお願いします。」
避難民は多く、今も何とか魔の手を免れた人々がこちらへと向かってきています。それを狙ってユーデアーラの下僕とやらも来ていると言います。それから守る人々が必要です。
「承知しましたぞ。」
「わ、わかりました。出来る限りのことはします。」
ハイ様は恐れを覚えながらも、それでも力を貸して下さるようです。
「すみませんが、よろしくお願いします。…では皆様、行きましょう。」
「「「おう!!」」」
その場に居た人々が声を上げました。そしてティア様が時を止め、それぞれの活動が開始されました。
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時を止める前、ボクは怖かった。
何に対しての恐怖かもわからない。ただ漠然とした恐怖がボクの脳裏をよぎっていた。
コネクタブルブック。その名前を聞いた時、そして、世界を跨いで時を止めるという行為を依頼された時から、ずっとそうだった。
何か忘れている気がした。
大切な事を忘れている気がした。
でもそれ以上に、その大切な事を忘れているべきだと本能が訴えかけていた。
その事がボクの恐怖を増長させた。
覚えていない事。覚えているべきでない事。
ボクは何をした?
何をしてしまった?
何をしてはいけない?
でも今はそれを深く考える事は出来なかった。いや、したくなかったと言うべきか。
今はただ、魔王を、エレグを助ける、それだけを考えようと、恐怖を振り払い、時を止めた。
幸い、時を止めてもまだ、ボクはここにいる。
きっと大丈夫だ。
きっと。
そう思った時、何かがボクの脳内で話しかけてきた。
「それは良い。だがアレはダメだ。」
アレとは何を指すのか。答えは何故か分かっていた。世界を跨ぐ事。二つの世界の時を動かす事、それがいけない事だという事は分かった。
でも何故なのか。
魔王城に向かう今も尚、その答えは出ていない。




