第九十五話 絶望の淵より
どうすれば良いのでしょうか。
私ことジュゼは空の彼方、水壁の向こうに薄らと見える、未だ暴れ狂うユートとデアーラを睨みつけながら、じっと拳を強く握り締めていました。
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ユートが放った魔法。あれを見た瞬間、私は察しました。かつて私がこの地に魔王様をお招きした時に使った、世界の枠を超えて心を入れ替える魔法の改悪版である事に。私は闇の魔力は扱えません。故に対象者の意識が無い、或いはある程度の許可を得た状態でなければ心を入れ替える事は出来ません。ですが、ユートは闇の魔力の使い手。強制的に心を入れ替える事が出来ます。そのように改悪された魔法があれでした。結果、魔王様は別の人の心と入れ替わり、状況も魔力も全く分からないようで、そのまま触手に取り込まれ、ユート…デアーラ…仮にあれを融合体ユーデアーラと呼称しますが、それに同化されてしまいました。
私はティア様に言いました。
「時を戻して下さい!!このままでは取り返しがつかない事になります!!」
ですがティア様は真っ青な表情で言いました。
「もう…無理だ。すでに、取り返しは、つかない。」
振り絞るように。言葉にする事を憚るように。
「ボクが…ボクが許されているのは…この世界の時間操作だ。彼を元に戻すには…他の世界への干渉が必要になる。それは…ボクには出来ない。」
言葉を選びながら、彼女はポツポツと語りました。
「"許されない"とは…?」
「…それも、ボクからは、説明出来ない。ゴメン。分からないんだ。でも本能が言ってる。それは出来ないと。」
何か理由があるようには思えました。ですが、それ以上は彼女自身、説明のしようがない、説明しきれないという感じでもありました。わかりましたと告げると、私はサリア様、トンスケに言いました。
「ここは退却しましょう。このままでは敗北します。…それだけは避けなければならない。トンスケ、出来る限りの人を抱えて下さい。兵士達にも伝令を。」
「悔しいですが…承知致しましたぞ。」
怪我をした民間人を抱き抱えながらトンスケが言いました。しかしサリア様は納得していませんでした。
「でも!!魔王が!!エレグが!!」
「大丈夫です。」
私は出来る限り安心感を得られるようにハッキリと口にしました。足が震え、自分でも確信は持てませんでしたが。
「まだ…魔王様の魔力は感じられます。ただ取り込まれただけで、殺すつもりはないようです。」
「フヒェヒェヒェヒェ!!そうとも!!この魔王には傀儡となってもらう!!私のあるべき魔王として働いて貰わねばならないからねぇ!!」
図らずもユーデアーラがそれを肯定してくれました。
「逃げるなら逃げたまえ愚かな偽勇者共よ。私は今…この豊潤な香りの魔力を楽しむのに忙しいのだ。それに、逃げるということは、即ち私こそが真の勇者と認める事になるしなぁ。」
「この…!!」
「サリア!!」
剣を振りかぶって再び突撃しようとするサリア様を制したのは、ティア様でした。
「引け!!」
「でも…でもぉ…。」
その目は潤んでいました。
「…ジュゼ、お願い。」
「分かって、います。」
ティア様の言葉に応えながら、私は転移魔法を発動し、ひとまず最も魔王城から遠い、水の聖域へと逃れました。
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それが三日前。
私達は今、イヌーンド様の背に乗り、水の聖域の中で怪我した人達の救護などを行っていました。
ですが救えた命は少ない。多くはあの触手に呑まれ、取り戻す事が出来ないまま。
『…すまんん…。言葉もないぃ…。図体ばかりぃー、でかくてぇー、あんなものをぉー、見落とすとはぁー…。』
私の心にイヌーンド様が語りかけてきました。私は首を横に振りました。
「イヌーンド様の責任ではありません。償うべきは奴です。」
『…ありがとうぅー。しかしぃ…魔王がぁ…転生かぁ…。』
『それに関しては流石の俺も手を出せねぇNA!!』
別の会話が混線してきました。誰でしょうか。
『YO!!初めましてだな姉ちゃん!!俺はコスマーロ!!闇の魔力を管理してる!!YO・RO・SHI・KU・NA!!』
は、はぁ。随分とイヌーンド様と毛色の違う方のようで、少し驚きました。
『HAHAHA!!イヌーンドはボンヤリしてっからNA!!俺はいつでもHi-TensionだZE!!MA、ともかくだ!!残念なお知らせは先に聞いておいた方がいいだRO?』
聞かなくて済むのでしたら聞きたくはありませんが、まぁ、はい。
『OKOK!!んじゃ話に入ろうか。心に関する魔法なら俺やアウローロが適任っちゃー適任SA!!だが俺としても残念だが、別世界への干渉は出来ねぇ、これが通常のルールDA!!…それは姉ちゃんも知ってるだRO?』
勿論です。…何せ、実際に行ったのですから。
そう、通常の手段では、別世界に対し干渉することは出来ません。出来たとして、せいぜいその別世界の知識を得る程度です。転生させるなどという技巧は、通常であれば出来ない、これがこの世界における法則です。
それが可能だったのは、儀式の間に封印しておいた書物、世界と世界を繋ぐための媒介となるツール、『コネクタブルブック』があったからです。これは、世界と世界を繋ぎ、一時的に干渉を可能とするツールです。古くは初代魔王様が、神より与えられたツールだとか。その由来については眉唾物ではありますし、根拠も特に無いので、どうなのかはわかりかねます。ですが重要なのは、一応それを使えば、この世界と別の世界を繋ぐことが可能であるということです。
ユーデアーラが魔王様の心の入れ替え、転生に気づいたのは、その本を見つけたからでしょう。…思えば、早期に廃棄すべきだったかもしれません。ですが、万一の場合にと思い、保管してしまった。私の落ち度です。
『まぁぁー、そうー、自分をぉー、責めるなぁー。今はぁー、何がぁー、出来るかぁー、考えるぅー、べきだぁー。』
『とはいえ、ワシらもそこまで協力出来んがな。』
また別の声が入り込んできました。私の頭をパンクさせる気でしょうか。
『緊急事態じゃ、仕方あるまいて。ワシはアウローロ。光の魔力を管理しておる。状況の連絡をと思っての。魔王が一番信頼していたお主に連絡した。…あの勇者殿はロクに魔力も使えんしの。』
信頼。
重い言葉です。今の私には特に。
『うむ。そこは受け止めて貰うとして、もう一つ覚悟して貰う事がある。』
なんでしょうか。
『この三日間で、奴、ユーデアーラだったか。奴は魔界システムの魔力や喰らった死肉を使い、自らの下僕を作り出し、各聖域周辺の集落に送り込んでいる。狙いはワシら、魔力の管理者、所謂神じゃろう。出てきたところを狙い撃ちして下僕達に襲わせようという魂胆らしい。』
『お陰でウチの店も閉店中SA!!困ったもんだZE!!』
『えぇー、ウチの近くにもぉー、来てるのかのぉー?』
『可能性は高い。確認しておいた方がよいぞ。ワシのところに来た奴は返り討ちにしておいたがな。…ともかくだ。問題は各集落が襲われているという点じゃ。これはワシら神々が対処するしかあるまいて。だがそうなると。』
『…魔王様を救出する助力は受けられない、そう思えという事ですね?』
『申し訳ないがの。その通りじゃ。あの魔王を取り戻す事は必要じゃとはワシも思う。だがワシらの手が足りん。今動けるのはそこな勇者殿と忘れっぽい時の賢者、真面目な骸骨、そして…。』
魔王の秘書たる私、そういう事ですね。
『うむ。すまぬが頼むぞ。手が空いたら助力出来るかもしれぬが、期待はせんでくれ。何せあの元勇者、やたらめったら送り込んでおるからな。では。』
そういってアウローロ様の通信は切れました。
『つーわけで、言いたい事は言ったから切るZE!!アバヨ!!頑張れよ!!』
コスマーロ様も散々騒ぎ立てた後にさっさと去って行きました。
『わしもぉー、外にぃー、向かうぞぉー。お前達はぁー、どうするぅー?』
どうするか。
どうすればいいのか。
イヌーンド様の問いに、私は周りにいるトンスケやティア様、サリア様の目を見つめました。全員が全員、同じ目をしていました。決意に満ちた目を。
私は一度目を瞑り、そしてしばし魔王城の方を見つめ、言いました。
「…行きます。魔王城へ。もう一度。魔王城を、魔王様を、取り戻すために。」




