第八十二話 欲望のアエイロー
飛び去っていった影を見つめながら俺は呟く。
「なんだったんだ?あれは…。」
「わからない…でもとにかく、アレを、ウィーウィンド様のオーブを取り返さないと!!」
セラエノは焦ったように言った。
「普通は…あのオーブに魔力を込め、オーブ内の魔力を安定させることで、ウィーウィンド様が風の魔力を生み出し、それにより聖域の魔力が安定する。そうしている内に、自らの体が安定する事で、ウィーウィンド様が復活なされる。つまりあのオーブが無いと、ウィーウィンド様が再誕できなくなっちゃうし、聖域自体も崩壊しかねない。」
そうだ。あのオーブをそのまま奴に、あの黒鷲に渡したままにすることは出来ない。そうなればこの聖域が崩壊し、風の魔力が枯渇、全魔界への影響も発生しかねない。
「俺が行く。」
俺がみすみすあのオーブを逃したのが原因だ。俺が責任を取らねば。セラエノは頷いていった。
「うん、アータに任せたわ。アタシは…。」
そういうとセラエノはウィーウィンドのねぐらの、一番高い場所へと飛び上がった。
ねぐらは全体的に大きめの鳥の巣といった様相だったが、一箇所だけ特筆すべき場所があった。祭壇と呼ぶべき高台。何やら供物や様々なオブジェが置かれたそこへ、セラエノは降り立った。
「アタシは出来る限りの事をする。アータも出来る事をしなさい。」
そういうとセラエノは風の魔力を解き放った。落ちてきつつあった大地が空中に繋ぎ止められ、地面に広がっていた草花が風に舞い始めた。
「アタシは元々の予定通り…ウィーウィンド様の代わりをする。あのオーブが、ウィーウィンド様が居ないから、時間稼ぎにしかならないけどネ。だからアータは…。」
「ああ。すぐに取り返してくる。」
「私も行きます。」
ジュゼが言ってくれた。
「OK、任せたわよ。…オーブ無しでは保って数時間。急いで。」
そう言うとセラエノは目を瞑り、風の魔力の放出に集中し始めた。
俺達は頷くと、急いでねぐらを後にし、あの黒鷲が飛び去っていった方の空へと向かっていった。
宙に浮く大地。その隙間を縫うように俺達は空を舞い、聖域の奥へと進む。その大地は徐々に降下している。ただ速度は緩やかだった。もし重力しか作用していないなら、今すぐにでも落ちて砕け散っていそうなほどの大きさであった。それを抑えているのが風の魔力であった。大地の下、大きな穴となっている場所から、轟々と風が吹いている。これが大地の支えとなっているようであった。
「ここには住みたく無いな。」
思わず本音が漏れた。いや綺麗っちゃ綺麗なんだが、怖い。落ちそうで。
「空を飛べるなら大丈夫でしょう。」
「寝てる間にドカンと行ったら怖いじゃん。」
「まぁそこは…神への信頼、信仰で成り立っているのかもしれません。」
それはあるかもなぁ。
そんな会話をしながら、俺達は奥の方へと向かっていった。
奥の大地ーーーというか浮島?に、ウィーウィンドのねぐらに近い形をした、それよりももう少し小さめのものがあるのが見えた。そしてそこに黒鷲が居る事にも気がついた。
俺はジュゼに目配せした。ジュゼは頷き、そして俺はその浮島へと降り立った。
「おい!!そこの黒鷲!!」
ヘルマスターギアをつけた状態で、黒鷲の背後に立って叫ぶ。
するとその黒鷲はもそりと振り向き、俺を視界に認めると、ニタリと笑みを浮かべた。
「いらしたわねぇ、魔王様ぁ。」
鷲が口を開き言葉を発した。
「ゲギェーッギャッギャッギャッ!!ワタクシの思惑通りですわぁ!!」
お嬢様言葉と関西弁の混ざり合ったイントネーションでその鷲は翼を口元に当てて高笑いを上げた。なんだこいつ。
「ワタクシはアエイロー。次期魔王立候補予定のアエイロー。以後お見知り置きを、ですわ。アナタがここに来たのはこれのためでしょう?」
そう言ってその鷲、アエイローは片足立ちして、持ち上げた足の鉤爪にガシリと抱えたオーブをこれ見よがしに見せつけてきた。
「あ、ああ。」
「でしょうね。これがなければ神は死に、この聖域に浮かぶ大地は墜ちていく。ならば話は早い。これを返して欲しくば、引き換えにワタクシの願いを叶えて頂きたいんですわ。」
「願い?」
「そう。ワタクシの願いはただ一つ!!魔王になること!!」
両腕にあたる翼を大きく広げてアエイローは叫んだ。
「魔王となった惰眠を貪り、金を使い、人々を扱き使う…。素晴らしいと思わない?ねぇ?"暴君"エレグ様ァ?」
それはかつての、以前のエレグの姿を指しているのだろう。
「ワタクシはそれを噂で聞いて心底羨ましかったんですわ。そこで!!約束なさい。ワタクシに絶対服従し、来期の選挙ではワタクシに投票する、そして部下や支持者にも投票させると!!それがワタクシがこのオーブをお返しする条件ですわ。」
「…一つ聞こう。魔王になりたいのはそういう自堕落な生活を送るためか?魔界の民の生活を良くするとかそういうのはないのか?」
「ゲギェーッギャッギャッギャッ!!あるわけありませんわぁ。ワタクシはワタクシの身が第一!!それ以外どーだっていいんですわぁ。この聖域でウィーウィンドの奴にあーだこーだ言われず、好き勝手弱者を痛ぶる!!そんな生活がしたいだけなんですわぁ。」
ここで取り繕えない辺り、この女?の性悪さが垣間見えるというものだ。
「断る!!」
それを聞いた俺は即答した。
「お断り?このオーブが要らないのです?ワタクシはこんな領域に留まる器ではない。こんな領域どうなったっていいんですわよ?」
「必要だ。だがお前に魔王の座を渡すわけにはいかない。お前のような愚者にはな!!」
「なんと愚かな‥。そこまで愚かならば仕方ありますまい。ならば!!このオーブは!!」
「…あれ?」
アエイローがキョトンとした目で自分の鉤爪を眺める。確かにオーブだが、なにか違う。神秘的なヴェールとかそういう感覚が全くしない。ただの石にさえ見える。
「魔王様に気を取られすぎです。」
ジュゼがオーブを掲げながら言った。すぐに隠したが、その一瞬でアエイローは気付いたようであった。自分が掴んでいるそれが、ただの石であり、本物は今ジュゼが持っているという事に。
さっきジュゼに目配せしたが、それは「今のうちにオーブを奪え」という意味であった。ジュゼはそれをしっかりと読み取り、実行してくれた。光の魔法で、偏光を弄り自分の姿が見えにくくなるようにし、大きさがちょうど合う石を探し出し、アエイローが話に夢中になっている間に、その石とオーブとをこっそり交換したのだ。
「おのれ雌狐がぁ!!」
叫ぶなりアエイローがその鋭い爪をジュゼに振るわんとする。それを俺はヘルマスターワンドで受け止める。
「まともな奴なら!!俺は別に魔王を任せてもいいと思っている。だが!!」
俺はヘルマスターワンドを振るい、アエイローの体を後方へと追いやる。
「お前のような奴には!!魔界の人々の命を預かる、魔王の座は渡せん!!」
「生意気な…。ワタクシとお前、何が違うというのですか!!」
そのとき、オーブから光が溢れた。
「心だ!!」
オーブの光が、お守りとして渡されたバロットレットへと注ぎ込まれた。




