第七十九話 長老のお話
集落の奥の方にある一軒家。明らかに他の家々より大きいそれが、恐らく長老の家だろうと思われた。俺達はノックをして入る。
「失礼しまぁーす。魔王城の方からきましたぁー。」
詐欺っぽくなった。
「どうぞお入り下さい。」
返ってきた声は、渋く凛々しい声であった。俺達は目を見合わせて少し間を置いてから入った。
「魔王様ですか。このような場所までようこそお越しくださいました。」
頭を下げたオークは、大体人間の年齢にすれば40代と言ったところだろうか、そのような声と顔をした、人間であればイケオジと呼ばれる部類に入るであろうそれであった。牙が生えて鼻が豚な点を除けば。
長老と言うともっとヒゲを生やして腰を曲げたお年寄りというイメージがあったので、これまたギャップがあった。なんだ、ここはギャップに悶え苦しむ場所なのか。
「あー、その、貴方が?」
「ええ、この集落の長老です。こう見えても60でして。」
「おー、それは、その、なかなか若く見えますね。」
「いえいえお世辞はいりません。わざわざこのような場所を訪ねて下さったのです。折角ですし、うちの名産でも如何ですか?」
そういうと彼は豚肉のステーキを出してきた。『美味しそう』という単語と『共食い』という単語が頭の中を過ぎる。やめろやめろやめろ俺の思考、そういう失礼な事を考えるな。
「いえ、ご用意頂いたところ申し訳ないが、先を急ぐので。」
「そうですか。では本題に。どのようなご案件で?」
俺は一通り話せる範囲での事情を説明した。
「なるほど。土の聖域ですか。ふむ…。」
「何かご存知ありませんか。」
「あそこに入るのであれば、風の魔法が必要です。」
「…。」
あちらを進めるにはこちらを進めて…。なんだかMMOのお使いみたいになってきたぞ。
「と言いますのも、あそこは大地が揺れ動き、常に隆起し、常に陥没し、それはそれは流動的です。普通に入る事は困難です。集落の者達にも、あそこには入らないように注意を喚起しているところです。そうした中、地に足をつけて歩く事は困難ですし、空を飛ぶのも難しい。唯一方法があるとすれば風です。あそこは大地の流動に合わせて風が発生しています。それに乗って上手く動いていけば、何とか奥へ入り込む事が出来るのではないかと思います。」
「なるほど。」
理由があるなら仕方ない。となると風の聖域に…あ、そういえばセラエノから貰ったあれが使えないだろうか。俺は宇宙に行く前にセラエノから貰ったバロットレットを取り出し折り畳んでみたが、反応が無かった。
「ん?」
「使えないのですか?」
ジュゼの問いに俺は頷いた。セラエノは集落の長で聖域の神ではない。その辺が関係しているのだろうか。
「それは?」
長老の問いに率直に答える。
「ハルピー族の族長から貰ったものです。風の魔力が備わっているかと思ったのですが。」
「ふむ…。門外漢なので詳しくはわからないのですが、一見、魔力不足という感じがします。何かチャージする方法があれば使えそうには見えますが、その方法は分かりませんね…。」
彼は申し訳なさそうに言った。
「いえ、土の聖域の事を教えて下さっただけで十分です。ありがとうございます。…それと、合わせてお聞きしたいのですが、この集落や他のところでもいいのですが、何かお困りの事はありますか?政策で出来る事は改善していきたいと思うのですが。」
俺の問いに彼は少し驚いた様子を見せた。
「ふむ…。噂の通りですね。」
「?」
「いえ、失礼。以前の貴方は本当に暴君で、他者を省みない性格のように見受けられました。かく言う私もその力に惹かれ投票したのですが、それを一時期は心底後悔したものです。ですが最近は、まるで人が変わったかのように精力的だ。それが今では喜ばしく思っていまして。」
「…あ、ありがとうございます。」
本当に心が入れ替わっているとは言えない。バレないように、そして何より、その期待に応えなければ。
「それで今困っている事ですが…。販路ですね。最近は畜産物が魔界では売れなくなりつつありまして。というよりも買える方が少なくなってしまっているというのが実態のようですが。」
「金か…。」
「そこを解決して頂きたい、といったところでしょうか。幸いな事に、この集落はそれなりに平和にやっていけておりますので。」
「ふむ…。肉を必要とする人々の富を上げないといけない…。あるいは別の…自然界へ出荷するとか。」
「おお、それはいいですね。自然界へ出荷という考えはありませんでした。我々、そのようなルートはないもので。」
「それは後で考えさせてくれ。出来る限りのことはする。ジュゼ。」
「はい。私の方でも検討致します。」
横で聞いていたジュゼが手元のメモに懸案事項を認めた。
「お願いします。…後は、そうですね。」
まだあるのか。その言葉を呑み込みつつ、なんでしょうと問うと、彼は穏やかな笑みで言った。
「これ以上心変わりせず、このままでいて欲しい。それが一番のお願いになりますでしょうか。他に魔王にふさわしい方も最近はおりませんで。」
その言葉を聞いて、俺は少し感じ入るものがあった。俺は出来る限り平生を保ちながら言った。
「…そこは、お約束します。」




